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zoom RSS きゅうりお化けとねこのとりこ 前編

<<   作成日時 : 2007/03/03 22:31   >>

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 観光の定義は人様々である。
 あなたが猫の国に足を踏み入れたならば、もはや冒険その他と区別がない。
(百科事典、通称「ももか」さんより抜粋)

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『新作スイーツに必要なので、市場まで行っていつもの果実を買ってきてください。』

 書き置きというよりも張り紙が、店のドアに貼ってある。


 寝癖ですごいことになっている髪を手で押さえながら、久織えにるは首を傾げた。
 行きつけの街角喫茶店に入ろうとしたところ、珍しくドアに鍵がかかっていたのである。

 24時間全解放をモットーにしている店にとって、それは事件であった。
 過去何度もその不用心さから改善命令を受けている店に鍵が掛かっているなど、マスターがうっかり鍵をかけてしまったという理由くらいしか思いつかない。

「んー。とりあえず、今は取り込み中ってことなのかな?」

 押しても引いてもガチャガチャしても、ドアは開いてくれない。
 えにるが諦めて去ろうとした時、偶然視界に飛び込んできた代物。
 件の書き置きというよりもむしろ以下略なアレである。

 張り紙を前に、しばらく考え込むえにる。

 ――おかしい。この張り紙はどこか間違ってるような気がしなくもないような気がする。

 なんだか無駄にややこしい思考回路。混乱。ちょっとした自己矛盾。
 思案するように目を伏せたまま、呟くように言う。

「……果実の代金、ちゃんと払ってくれるよね?」

 発想力が豊かで他の子供とは目のつけどころが違う女の子。
 端的に言って“みえてない”、それが久織えにるという人物における少女時代の定型句だった。


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 フィーブル藩国中心地区よりも、港地区寄りの区画。
 張り紙の文面に従って市場まで出かけたえにるは、露店の前で頭を抱えた。
 依然としてすごいことになってる寝癖を押さえながら、からっぽになっている果物籠を恨めしそうに見やる。
 気になるのなら直接訊いてみれば良いのだが、この人物にそのような勇気を期待するのは難しい。

「なにか、欲しいものがあるのかい?」

 店の前で物欲しそうにじーっと見つめているところへ、商売上手そうな店主が声をかけてきた。
 どうやら先からのえにるの態度は、店主にとって都合の良い方向に解釈されたらしい。
 人見知りするえにるは、少しもじもじした後、口を開く。

「そこの果物なんですが……」

 次いで指差した先は、からっぽの籠。
 店主がいささかオーバーアクション気味に、あぁ、と声を漏らす。

「残念だったねぇ。ついさっき最後の1個が売れたばかりだよ」
「あぅ……」

 えにるがよほど幸薄そうに見えたのか、慰めにもならないことを口にする店主。
 目に見えてへこむえにる。

「ほんの5分くらい前だったかなぁ。それよりお嬢さん、お安くしとくから買っていってよ」

 頼みもしないのに色とりどりの果物を差し出してくる店主の前で、えにるは落胆のため息を吐いた。

/*/

 一時間後。
 色とりどりの果実が入った紙袋を抱えながら、えにるは苦笑いを浮かべていた。

 店を回るたびに増えていった荷物。
 さすがにこれは自費なんだろうな、と思う。幸いにして今月はまだ財布に余裕があった。

「あはー……」

 えにるは押しに弱すぎた。へっぽこだった。それはそうとして、だ。

 奇妙なことに。
 目的の果実はどの店でも売り切れていて、そのどれもがえにるが買いにくる数分前に売れてしまったということだった。
 愉快な偶然である。

「どこの誰だか知らないけど……」

 ブッコロス、と脳内で黒えにるが囁いている。

「何が目的なんだろうなぁ」

 かろうじて白えにるが勝った。

/*/

 これまでに得た情報を整理してみよう。
 街角喫茶店に貼ってあった謎の張り紙。えにるを先回りするように買われていった果実。

 つまるところ、だ。

「いじめ、かなぁこれ」

 職場いじめってやつかしら、などという暗い考えがえにるの頭をよぎる。
 人間関係は難しい。特に女性のそれは、地雷原を進む慎重さと間諜を欺く狡猾さが必要だ。
 そこまで考えたところで、背筋が寒くなる。
 職場で思い出した。今現在のわたしの職業ってば何なんだろう。

「……ウェルカム トゥ ハローワーク?」

 今日この日の出来事に込められた寓意は。
 穀潰しはさっさと手に職つけやがれこのアマ、ということだろうか。
 推測が憶測を呼び、思考は更なる迷走の様相を呈す。

 要らない子だお前は、と王猫パーカーの姿をした黒い影が言った。
 無様だな、と口の端をつり上げて笑う。芝村的な笑い。
 
 一応断っておくが、えにるの脳内映像である。

「えにる。こんなとこにぼけーっと突っ立ってなにしてるのかにゃ?」

 声に驚いて振り向いた先には、王猫パーカーとは似ても似つかぬ可愛らしい猫士の姿が――と考えたところで、えにるは思考を止めた。
 訂正。王猫パーカー様には及ばないが、プリティな容姿の猫士がちょこんと立っていた。
 
「んー、なにって……」

 なにしてたんだっけ?

「オイラは今から買い出しなのにゃ。えにるは……えにるも買い出し係なのかにゃ?」

 猫士はえにるが抱えている紙袋を見上げて言った。
 自分の腰ほどの位置にある、ふわふわふさふさーな頭を撫でたい衝動がえにるを襲う。
 我慢する。

「わたしは違いますよ。ええと……」

 言って、自らが抱えている紙袋に視線を落とす。一人分にしてはどう見ても多い量。
 説得力ないなー、と苦笑い。

「ちょっと、所用で」
「にゃーるほど。えにる、くいしんぼなのにゃー」

 悪意のない、純粋な感想。顔を赤らめるえにる。
 前足というか手でえにるの脚をぽんぽんとたたく猫士。かわいい。
 このままではめろめろになってしまう、そう思ったえにるは、気を逸らすように問いを投げる。

「猫士さんは何を買うんですか?」

 同時に、後でみんなに配ろう、と考える。そうしないと本当に食い意地がはっていると思われそうだ。
 猫士の方はというと、えにるの持っている紙袋を見上げている。

「オイラが買うのは……」

 猫士の答えにえにるは驚き、そしてまた苦笑いした。

/*/

 数分後。
 えにるは紙袋を抱えた猫士と並んで歩いていた。
 ちらちらと猫士の方に視線を向けながら、考える。
 猫士から聞いた話によると、今回の一件はいじめとかそういう類のものではないらしい。
 そうなると。

 猫士の毛はふわふわふさふさーなのだろうか?
 
(違う……)

 雑念を振り払うようにかぶりをふる。
 てこてこ歩いている猫士が、怪訝そうにえにるを見上げた。

「……?」

 紙袋さえなければすぐにでも抱きしめて頭をなでなでしたくなる、そんな表情を浮かべる猫士。
 ああもう、立ち振る舞いの全てがかわいい。天下の往来で猫好きを叫ぶ。
 えにるという人物は、猫を目にするとどうしようもなく駄目な人間になってしまう。

「えにる、なんだか挙動不審にゃよ?」 
「き、気のせいですよ」

 慌てて腕の中の紙袋を持ち直すえにる。
 言葉とは裏腹に内心はしあわせ気分。こんな気分がずっと続けばいいのに。

「ふーん。まあ、どうでもいいにゃ」

 興味を失ったのか、また猫士は前を向いて歩き出す。
 てくてく歩いていく猫士の後ろを追いかけるえにる。ちょっと小走りになる。
 ほどなく追いついて、また並んで歩き出した。

/*/

 街角喫茶店の前で、猫士はえにるを見上げた。
 前足というか手でドアをカリカリとやる代わりらしい。意訳すると、開けてー、となる。
 ドアの取っ手に手を伸ばすと、果たして鍵はかかっていなかった、

 首を傾げながら張り紙を見る。文面は変わらず、未だドアに貼られたまま。
 息を吐く。息を吸う。
 
 一息に開けた。来客を告げるベルの音がちりんちりんと響く。

「マスター、買い物終わりましたよ……?」

 店の中の様子を窺うように顔を突っ込んで、えにるは顔をしかめた。
 店内は薄暗く、多種多様な果物の匂いが充満している。香りではなく、匂い。臭気。
 えにるは猫士を招き入れ、後ろ手にドアを閉める。

「オイラ……なんだか帰りたくなってきたにゃ」

 猫士は、顔をしかめながら警戒するようにきょろきょろと周囲を見回している。
 カウンター席に人の気配はない。元よりさして広くもない店内には、身を隠せるような場所もない。
 ただ。

「……この店、いつから団体客用のメニューなんて出すようになったんだにゃ」

 ここは街角喫茶店。団体客とは無縁の、こぢんまりしたお店。
 であるならば、この目の前に広がる惨状はどうしたことか。
 皿、皿、皿、皿、皿。及びその上に広がる各種液体。

「色が色なら、ブラッドバスって感じですね」

 ついでに点がひとつ、と意味不明な言葉を吐くえにる。目つきが鋭くなる。

「フルーツ盛り合わせ殺人事件だにゃ。被害者は各種フルーツ、犯人は食欲魔人!」

 興奮でまくしたてる猫士。
 かわいらしいとは違う意味でいい表情。喩えるならば、目をくわっと見開きカットイン。
 と、その時。

 がたん、と店の奥で音がした。

 えにると猫士、互いに目配せする。手に抱えた紙袋を降ろし、気配を殺しながら店の奥へと移動する。
 倉庫となっているその部屋はドアがわずかに開いており、何やらごそごそと物音がしていた。
 近くの壁に貼り付き、そっと覗き込む。

 暗がりでよく見えないが、フードを被った不審者がいる。手元はよく見えないが、凶器を所持している可能性アリ。
 
 えにると猫士、もう一度目配せする。小さく頷く猫士。一歩下がる。
 えにるは静かに息を吸うと、隙間に身をくぐらせた。

 音を立てず不審者の背後に立つ。武器はないが、体術は心得ている。
 軽く目を瞑り、開く。

「動かないでください」

 えにるの言葉に不審者はびくっと身を震わせたが、それだけだ。
 すぐに落ち着きを取り戻したかのように動きが止まる。
 
 相手がやけに実戦慣れしていると感じ、えにるは自分の迂闊さを呪った。
 こちらに武器はない。抵抗された場合、果たして体術だけで勝てるかどうか。
 静かに腕を伸ばす。

「動くと撃ちますよ」

 何も持っていないのだから、何も撃てるはずがない。
 常識的には。

 相手は自分を見ていないという要素を武器に、えにるは見えない銃を構える。
 嘘は。
 誰も傷つけず、誰も傷つかず。それでいて拘束を可能とする不可視の弾丸。

「……銃は」

 フードを被った人物は、ゆっくりと両手を上に上げた。
 えにるは一層警戒を強くする。

「撃鉄を起こさないと撃てないし、ハッタリに使うにしても」

 くるり、と。
 立ち上がりながら振り返る不審者に、えにるの回し蹴りが飛ぶ。
 
「代わりのモノを直に突きつけないと。そこに“ある”って言えないわよ?」

 えにるの回し蹴りを片手で受け止め、フードを被った不審者は不敵に笑う。
 そして薄闇の中、向かい合う。


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
どうも改めましてご挨拶させていただきます、久織えにるの中の人です。
観光SSという予定で書いていたものが想定文量を大幅に超過、やむなく前後編での掲載となりました。
見ての通りのラノベ文体ですが、楽しんでいただけると幸いです。
アイドレス参加、未参加、所属藩国問わずどなたのコメントも大歓迎。
 では、後編にてお会い致しましょう。
久織えにる(の中の人)
2007/03/03 22:57

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