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zoom RSS ある日、君は木の上で

<<   作成日時 : 2008/01/30 01:05   >>

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“どうして木の上が好きなの”
“んー……。蟻とか、いないから?”
  ―世界が失望した受け答え百選―

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 それは遠い未来かもしれないし、遥か過去のことかもしれない。
 その人物にとって時間という概念はどうでも良いものであり、だから彼女は己の歳を数えるのをやめていた。


 樹の枝の上でくつろぐ人影がある。
 その人物は猫のような女性だった。見た目は全くの人なのだが、仕草や気性が猫に近いと評される人物。
 女性の名は久織えにる。これでいてフィーブル藩国の華族である。

 時間という概念が希薄な人物にあっては、日付の概念もまた希薄といえた。
 日付の概念が希薄ならば、季節の概念もまた希薄といえた。
 故にその日がいつであったのかという問いは、もはや答えを持たないことになる。
 
 唯一知り得ることは、その日は晴天で青空が見えていたということだった。
 青空の下の樹上にあって、久織えにるは風に身を委ねている。
 一般的にどのような理由があれば人が木の枝に登るのに十分足り得るかは不明だが、えにるにとってはそれで充分だったらしい。
 あるいは別に理由があるのかもしれないが、それは本人以外に知る術はないだろう。

 天気が良いと木に登る、そんな幸せ思考の久織えにるは、木の上で物好きにもギターを抱えていた。
 手にしたアコースティックギターを弾きながら、軽く呟くように歌っている。
 木の幹に身を任せるように目を瞑ったまま、消え入りそうな声で歌っている。
 風が木の葉を揺らし、えにるの声は誰にも届くことはない。木の上に登ろうなどという物好きはおらず、ありふれた中の一本にすぎない木の周りに集まる物好きもまた、いないのだ。あるいは誰にも聞かせないようにえにるは木に登っているのかもしれないが、そうすると歌っているという行為そのものに疑問符が付く。
 ひょっとすると、えにるには物好きに心当たりがあるのかもしれない。あるのかもしれないが、周囲に人影はなく、気配もないのが実状で、彼女の歌は誰にも聞かれることはない。
 ただギターの音だけが、風に乗って遠いどこかへと運ばれていく。特定の進路を持たず、流されるまま遠く遠く。
 
「“気がつけば遠いところまで”」

 えにるの歌う曲はどこかノスタルジックな雰囲気漂う曲で、だからか彼女は気張らずにしっとりと声を出す。
 目を瞑りながら、囁くように歌う。繊細な指遣いで、ギターの弦を弾いていく。
 友人の悩みを聞く少女。恋人に愛を囁く女性。子に童話を読み聞かせる母親。そのどれもが、おそらく浮かべるような表情で。

「“そう、ボクは歩いてきたんだね”」
 
 ギターから発せられる音色は優しく切なげで、不思議と鳥のさえずりにも聞こえる。かき鳴らすのではなく、弾き語るというスタンスに近い音。
 雑音がない、喧噪から離れたこの場所だからこそ存在する歌。
 穏やかな日常に違いなく、平和な日常に違いない。たわいない日々のひとコマ。

「“君と別れてどのくらいになるのかな”」

 少しかすれた歌声が、静かにかき消えていく。誰にも届くことなく、誰にも聞かれることはなく、ただ消えていく。
 聴いているのかもしれない。待っているのかもしれない。合わせて歌っているのかもしれない。どこかの誰かが、あるいは何かが。聞こえないだけで。ただ、消え行くだけに聞こえるだけで。
 歌うえにるはそれを気にせず、ただ淡々と紡ぐように歌い続ける。

「“あまりに時が経ちすぎて、もう思い出せないよ”」

 名もなき歌がある。
 それは友のために歌う歌であり、愛する人のために歌う歌であり、路傍を歩く猫のために歌う歌。
 その日生まれ、その日死に逝く命のために歌う歌。
 ただそれだけの、くだらない歌。
 
「“…だけど、”」

 瞑っていた目を開くえにる。鋼色の、色素の薄い瞳が露になる。
 灰色の眼には木の陰にあっても太陽の光は眩しく、目を灼かれるような感覚に襲われる。
 目を細め、えにるはギターをジャン、と鳴らした。
 口を開く。

「“ボクはそれを悲しいことだとは思わない。
 目を閉じれば思い出す、君との記憶は色褪せないよ。
 君に逢いたくなったなら、ボクはいつでも目を閉じるだろう。
 時計の針は巻き戻らない。奴らはカチカチと進んでいくだけなんだね”」

 言葉は生まれるものだから。
 言葉は失われるものだから。
 歌詞はいつかは陳腐化する。どんなに練った詩であっても、いつかはくだらないフレーズになる。
 
 けれど、願いが届けばいいのだ。歌い手の祈りが届けばいいのだ。きっと。

「“生きているなら歌を歌おう。
 上手下手は関係ないのさ。
 胸を張って歌を歌おう。
 声ならきっと、君に届くはずだから”」


 歌い終え、えにるはギターを弾く手を止めた。枝に座ったまま、大きく伸びをする。
 木の葉がさやさやと風に揺れる音だけがする。鼻腔をくすぐる緑の匂い。乾いた空気に潤いを感じる。
 続いてえにるはややずり下がっている首元の青いマフラーを正し、すぅ、と息を吸い込む。
 
 風が凪いだ。木々たちが息を潜めるかのように、一瞬だけ。


「わたしの歌を聴けー!」


 誰宛でもない叫びはただ空に吸い込まれ、代わってジャカジャカとギターが吠える。
 音に合わせて上昇するえにるのテンション。中音から高音域へと突き抜けるように伸びる歌声。
 ハートビート。胸を高鳴らせるリズムは、原始から受け継ぐ人類の本能を揺り起こす。
 
「“猫は猫でも、ふてぶてしい猫がいる。
 アイツはいつでも傲慢で、みんなほとほとウンザリさ。
 あぁ、もしも聞こえているのなら。
 天よ、アイツにギャフンと言わせてやってくれ”」

 えにるが歌い始めた曲は先のノスタルジックなものとうって変わった陽気なロック調で、どうしようもなくひどい歌詞だった。
 あまりにひどい歌詞すぎて、偶然近くを通りかかった猫士が一匹、えにるに合わせて唱和した程である。

「“言わせてやろうぜギャフンギャフン! ボクらは『ギャフン』を求めてる”」

 ひとりと一匹による即興のコーラス。くだらなさすぎて、顔を見合わせ互いに笑う。
 よほど愉快だったのか、そのままサビの部分だけをひたすら繰り返していくひとりと一匹。

「“ギャフンギャフンギャフン! もっと言わせろギャフンギャフン!”」

 ひどい歌が響き渡る。風に乗って運ばれていく。そして、誰の耳に届くこともなく消えていく。

 本来はそれで終わる話になるはずであったが、ここはフィーブル藩国。
 北の果て、北海島の辺境国には猫でも人でもない知類がいた。
 電子妖精「ef」。好奇心旺盛でおしゃべりな彼、または彼女たち。

「地点DF-145にて音源を確認」
「音声ライブラリ検索……該当者、久織えにる」

 efははじめ、この音声情報に全く興味を示さなかった。音声情報はefにとって単に波形で表される情報に過ぎず、だからどんな音楽でも彼らまたは彼女らはそういうものとして処理する。
 しかし、この時ばかりはefは違った挙動を示した。
 efたちは仲間のネットワーク網に情報を流すと、聴き入るように音に身を委ね始める。
 作業中の技術者あるいはハッカーの隣で、リズムを取り始めるef。

「“思えばアイツは横暴だ。自分勝手の身勝手さ。
 私利私欲、趣味に走った権力者。行き着く先はギャフンのみ!”」

 efが興味を示した理由は定かではない。ただの気紛れという可能性もある。
 しかし。
 歌が聴かれるためにあるというのなら、あるいはefはそのことを理解したのかもしれなかった。

「“言わせてやろうぜギャフンギャフン! ボクらは『ギャフン』を求めてる”」

 情報は常に世界各地を巡り続ける。特にアイドレス世界では、世界構造の根幹にも関わっているのだと世界構造学では定義している……らしい。
 その情報が、僅かに揺らいだ。マクロな視点で見れば砂漠に針を落としたような衝撃は、フィーブル藩国のこれまた些細な部分、全世帯の電灯が一瞬明滅する程度に収まる。
 efが、フィーブル国内の情報の流れに介入し始めた。

「“ギャフンギャフンギャフン! もっと言わせろギャフンギャフン!”」

 efは国内の通信網にハッキングをかけ、藩国内にあるネット接続されているコンピューターというコンピューターにウイルスをばらまいた。ウイルスの能力は単純だが凶悪で、あらゆる処理に割り込みをかけて処理を先延ばしにさせ続けるというどうしようもないものだった。強制終了は受け付けない、スイッチ押しても電源は切れない、電源を抜けば電源は落ちるが、再起動した途端にOSが起ち上がり続けてしまう。
 
 フィーブル国内のコンピューターがもれなくただの箱になった頃、突如モニターに【さうんどおんりー】なる文字が浮かび上がった。背景には口づけを交わす2体の妖精のシルエットが浮かび上がっている。

「あはは、さすがにもうやめましょう。
 ……そうだ。ついでにもう一曲、聞いてくれますか?」

 フィーブル国中のコンピューターから音声が流れてくる。女性の声。
 仕事中の会社員は恨めしそうな顔でこいつは誰だとモニターを睨みつけ、技術者は俺にハッキング仕掛ける奴はどこのどいつだと憤り、ハッカーはハッカーがハッキングされるってどこの冗談だよと呟いた。
 国民のごく一部、えにるを知るものだけが古典的にも麦茶を吹いた。


「夕焼け空を眺めて 流れる雲を見送って
 わたしはいつもひとりぼっちで ただ泣くことしかできなくて」

 これはえらいことになったとあたふたする一部人間と、モニターの前で憤る大多数。
 ひとりえにるは状況を知らぬまま、ただ歌うためだけに歌い始める。
 フィーブル国中の猫と猫士が、にゃーんと鳴いた。

「曇り、雨が降ってきて 震える指先暖めて
 わたしはいつもひとりぼっちで 迎えにきたよの声を聞く」

 落ち着きのない人間たちをよそに、efだけは素知らぬ顔で曲に聴き入り、リズムを取り続ける。

「日は翳って夜になって 空に浮かぶ月を見る
 わたしは膝を抱えたままで 迎えに来たよの声を待つ
 月が沈んで朝になって 昇っていく太陽を見る
 わたしは眠たい目を開けながら 一緒に遊ぼうの声を待つ」

 モニターには相変わらず、【さうんどおんりー】の文字が踊るだけ。けれども、少しだけ変化がある。

「わたしには勇気がない それがいけなかったのかな
 でも何て言えばいいんだろう それすらもわからない」

 不思議なことに散々文句を言っていた人間が静かになっていた。フィーブル国中が静かになってしまったことを、歌うえにるは知りもしない。元よりえにるは静かな場所にいる。

「みんな 誰も孤独なの?
 みんな 誰も悲しいの?
 頬に触れたもの それはなに?
 ねえ教えて 教えて
 空が泣くわけを……」

 ギターの音が流れる。間奏、なのかもしれなかった。

「二人で眺める流れ星 願い事はどうしよう
 少し迷って戸惑って 結局何も言えなかった
 真面目すぎるんだよって あなたはわたしを見て笑う
 そんなことはないよって つられてわたしも笑ってた」

「わたしにも夢がある いつかみんなに届くかな
 あなたはわたしの髪をなで 叶うといいねと囁いた」

「誰も ひとりじゃないんだよ
 誰も 泣かなくていいんだよ
 幸せになるのに 理由はいる?
 ほら見上げて 見上げて
 夜だって明けるんだ……」

 歌い終わったのか、回線から流れる音が途切れる。
 長い沈黙。
 ぽんっという音と共に、口づけを交わしていた妖精のシルエットが消えた。何事もなかったかのように稼働を始めるコンピューター。待っていたようにウイルス探知のソフトが一斉に走り始める。
 efが仕込んだウイルスが自己崩壊型、しかも時限型だったことを皆が知るのはもう少ししてからになる。

 歌が終わったとき。
 フィーブル藩国の南東、フィーブルアイランドにて鎮座する自由号が、一瞬目を光らせたことを誰も知らない。


 いつ存在したかは定かでないが、それは確かに晴れた日のことだった。


  (文:久織えにる)

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