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zoom RSS 自由と猫と、あと2がつ14にち

<<   作成日時 : 2008/02/16 07:42   >>

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“2月14日はバレンタインデー”

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 久織えにるは日付の概念が希薄な人物である。
 その日、なんでも知ってる万能辞典を眺めながら久織えにるは、ほへーほへーと頷いていた。
 2月14日は女神ユノの祝日ですか。へー、なるほどなるほど。

 なんでも知ってる万能辞典はなんでも知ってるが故に世間の俗物的な風習をえにるに伝えようと必死になっていもしたが、この時えにるは久織えにるであるために全く気付くことはなかった。
 恋愛関係のフラグを無自覚なままにことごとく折り倒し、回避する運命に久織えにるはある。


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 一般的な視点で見た場合。
 2月14日は恋人たちの愛の誓いの日である。

 西国人国家であるフィーブル藩国にも、バレンタインにまつわる風習はある。
 2月になればデパートの売り場にカードやケーキ、花といった贈り物のコーナーが設営されるし、外国からパティシエを呼んで大々的にチョコレートの販売をしたりもする。

 現実世界でいう中東地域の面影を残しながらも、フィーブルはフィーブルで独自の文化を持つ藩国だった。宗教観が違う(フィーブルにはルーディスという幸運の女神を信仰する文化がある)ことも一因だが、単にのんびりまったりの国民性故かもしれない。

 のんびりまったりを地で行く久織えにるは、その日お供の猫士を従えて散歩に出ていた。
 猫士の名をコジロウタという。ひょんなことからえにると仲良くなったこの猫士、今では呼べば現れる召喚ユニット化しつつある。実に便利だとはえにる談。
 珍しいことを探しに行くわよっ! という某団長顔負けの号令の元、ひとりと一匹は街にいる。
 コジロウタはその常に湿りがちな猫鼻をヒクヒクと動かした。つられて口元もヒクヒクと動く。

「うにゃ、いい匂いがするにゃ。心くすぐるあまーいにほひ……」

 コジロウタ、詩人である。猫士なのに。
 久織えにるは試しに鼻をヒクヒク動かそうと思ったがさすがにそれは恥ずかしいだろーと思い直し、照れた。少しの間恥ずかしい気分でもじもじしたあと、口を開く。

「そうですか? 特には匂いませんが……」

 コジロウタはえにるを見上げて思う。マフラーで口元覆ってたら匂うものも匂わないのよ。
 素直な指摘は猫缶的な意味で自分が損すると思ったので、コジロウタは抽象的な対応をすることにした。

「オイラお腹ぺこぺこなのにゃ。今なら探索評価値に3シフトにゃ」

 どこまでも直接的で俗物的な発言をするコジロウタ。
 お腹をすかせた猫士は食料品の探索時に+3の修正を得る。この時燃料は消費しない。
 ごめんたぶん嘘。

「そうですね。少し休憩しましょうか」

 デパートを指差すえにる。頷くコジロウタ。あんこあんこ♪ とはえにるの脳内。ジャーキージャーキー♪ とはコジロウタの脳内。どちらも食い意地しか張ってない。こいつら早くなんとかしないと。


 “2月14日はバレンタインデー。愛しいあの人に気持ちを伝えよう”

 デパートにおいて飲食店は大抵上層にあったり地下にあったりするのでひとりと一匹はエスカレーターに乗ることにした。ゆっくりと流れる風景の中、バレンタイン特設ブースに目が留まる。でかでかと書かれた覚えのない単語にえにるのアンテナが反応する。
 2月14日はバレンタインデー。愛しい猫士に気持ちを伝えよう。「ずっと前から好きです。付き合ってください!」

 ぶんぶんと無言で頭を振るえにる。ああ言えない言えません。わたしにそんな勇気はないのです。

「にゃるほど、バレンタインデー。あまーいにおいの正体はこれかにゃ」

 えにるの奇行は見なかったことにしてうんうん頷くコジロウタ。だが周囲の視線はコジロウタに現実逃避を許さず、無言で頭を振り続けるえにるに好奇と不審の目を向けている。冷や汗をかくコジロウタ。

「えにるえにる。かむばっくーぅ、かむばっくするにゃー!」

 出掛ける前にフィーブル藩国のもうひとりの華族、戯言屋にかけられた言葉を思い出す。曰く「えにるさんの本性が広まったら一大事です。いいですか絶対にそのようなことがないようにあなたが付くのですよ」と。頭に包帯を巻いて、さあ今日も新聞社のお仕事頑張るぞーと希望に胸膨らませていたあの人は大丈夫だろうか。
 直後にえにるに右ストレートでぶっ飛ばされ、壁にもたれかかりながらピクピクと小刻みに震えていた戯言屋。今にも違う世界に旅立ってしまいそうな彼の、生還的な意味で幸運を祈る。

「うわぁ気持ち悪い。乗り物酔いしたー……」

  エスカレーターで乗り物酔いする希少な女性、それが久織えにる。いや原因はエスカレーターじゃない気もする。多分に。

「……時々オイラ無性に出奔したくなるにゃ」

 えにるは横を向いて手すり部分に顎を乗せてあ”ーとか言っている。コジロウタはフリーダムすぎるえにるの振る舞いにため息を吐き、悲しいけどこれ、パーカー印の高級猫缶のためなのよね、と自分を慰めた。


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 バレンタインデーとは女が男にチョコレートを贈って好きですとか言っちゃう日らしい。
 コジロウタが言うにはそんな感じの浮ついたイベントで、えにるはなんだわたしはチョコレート貰えないのかしょぼーんという心境だった。あんこが好きです。でもチョコレートも好きです。

「あーわたしも男だったら今頃は……」

 チョコレート貰えるのに、と言いかけたところで何か大きな力を感じてえにるは口をつぐんだ。なんだろう、いくらフリーダムでもこれだけは言ってはいけないという線引きがこの世にはある気がする。ビドポーションで性別を変えることなんてそう、にちじょうちゃめしごと(なぜか変換できない)のこのアイドレス世界においてもなお。
 そうだわたしにはチョコレートがなくてもあんこがあるじゃないか。チョコがなければあんこを食べればいいのよ。マリーあんこワネットが脳内で囁く。

「オイラも♀猫だったにゃら今頃猫缶たくさんでウハウハなのかにゃ……」

 危ないことを口走ったコジロウタは、えにるの「あらそれならわたくしの有限の愛、もとい猫缶支給はなしですことよ」の一言で押し黙った。愛が無限ではなく有限なのは、えにるの懐事情によるものだからである。ハイマイル区画なんて程遠い、貧乏人の悲哀。

 茶をしばくにもムードというものがある。えにるとコジロウタは晴れない表情ではぁ、とため息を吐いた。
 えにるは無言でコーヒーを飲み、コジロウタは行儀悪くジャーキーをがじがじ噛みながら口を開く。

「えにるはチョコレート送らないのかにゃ?」
「送らない」

 クールに即答するえにる。本人は大人びた対応を目指しているようだが、傍目には拗ねているようにしか見えない。
 コジロウタはそのままジャーキーをがじがじ噛みながら、人生に疲れた大人のように言う。

「気になる男のひとりやふたりいるんじゃないかにゃー」
「いませんよ」

 コーヒーカップがソーサーとぶつかってチンと鳴った。えにるは目を逸らした。やや全力だった。

「ふぅん?」

 コジロウタはがじがじジャーキーを噛みながら、脚をテーブルの上に投げ出した。
 何頭身あるんだこの猫士、侮れない。というかすごく器用だ。普通に落ちる体勢だと思う。

「まあいいにゃけど」

 コジロウタは脚を組み替えた。えにるに負けず劣らずフリーダムな猫士である。
 ジャーキーをがじがじ齧るのに飽きたのか、もしゃもしゃと咀嚼し始めた。前足を頭の後ろで組む。もはや猫士かどうかも疑わしい完璧な人間の仕草。

「あんこ食べればいいんですよ。男も女も猫もみーんなあんこ食べればいいんです」

 コーヒーに水ようかんという、和洋折衷の壊れた組み合わせを楽しみながらえにるは呟く。バレンタインにチョコレートを贈るなんてチョコレート会社の陰謀だ、あんこを食べれば世の中甘く収まるのに。

「猫はあんこ食えないにゃ……」
「好き嫌いする子は先生嫌いです」

 ネコ科動物は有酸素運動できないので太ると痩せるのが大変です。虫歯になってしまうと食べ物が食べられなくなります。栄養価の高いものばかり食べていると糖尿病になります。
 えにる先生、長生きがしたいです。コジロウタは同族のことを思い、涙した。


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 自由号はその日、フィーブルアイランドにいつもと変わらず鎮座ましましていた。
 全高45m、全幅は不明だがとにかくでかい。前に立ってみても足を見上げるのがやっとという馬鹿馬鹿しい大きさ。共和国最高機密は伊達じゃない。民間業者に建造させるとはやるなフィーブル!

 名は体を表す。自由号はその名の通り自由の体現だが、これとは違った意味でフリーダムな人間がいた。
 久織えにるが巨大な模造紙を抱えてやってくる。えにるの後方、コジロウタはやや青ざめた表情で巨大な筆を抱えてついてくる。
 
 えにるが指をぱちんと鳴らすと、浴槽ほどもあろうかという巨大なインクボトルが運び込まれてきた。うんしょうんしょと台車を押す猫士たち。もれなく全員がバレンタインの呪いにかかっている。ああ無情、物欲は理性を支配する。

 仕事を終えた猫士たちにえにるから手渡しで配布されるバレンタイン猫缶。カカオの香りが生臭さを中和したなんともいえない味わいの逸品。製造段階で試食したコジロウタは喜怒哀楽入り混じった表情で「バレンタイン、くそくらえ!」とよくわからない単語を吐いた。そんなコジロウタは今も青ざめた表情ですが元気です。

「前からやってみたかったんですよね……」

 えにるはコジロウタから巨大な筆を受け取ると、毛の中頃までインクボトルの中に浸した。インクを吸い、みるみる黒く染まっていく毛先。口元に怪しい笑みを浮かべるえにる。口元を覆う青いマフラーで他者には見えないが。

「ああもうだめにゃ。オイラこの光景を直視できないにゃ!」

 えにるは筆をインクボトルから抜き、広げた模造紙の前で構える。ぽたぽたと垂れるインク。予想される惨状に、思わずコジロウタは目を覆った。
 せいやっ、と筆を動かし、一息に文字を書き上げる。広がるインク、描かれる極太の軌跡。

 “勝訴”

「待て待てまてぃっ!」

 響き渡る声。
 いつの間に現れたのか、戯言屋が主に頭部に包帯を巻いて立っていた。新聞社の作業中だったのか、書類を入れたファイルケースを脇に抱えている。

「おかしいですよ!? 少しは展開と流れと雰囲気読んでくださいよ!」

 えにるはため息を吐くとやる気なさそうに頭をぽりぽりと掻き、インクボトルの中に筆を突っ込んだ。びちゃっ、と飛び散るインク。
 続いて懐に手を入れる。ごそごそと探ると、丁寧に包装された包みが出てきた。

「いくらなんでもフリーダムすぎですよ!? NWCとかでやったら外交問題になりますからホント勘弁してください!」

 まだまだ出てくる説教の嵐を全て聞き流して、えにるは包みを投げる。包みは風魔な手裏剣のごとく回転し、戯言屋の口に着弾した。ナイスコントロール。

「もがっ!?」
「あげる。安物だけど」

 もがもが言いながら戯言屋は思う。この人は心に竜を飼っている。涙を流して戯言屋は現実を直視した。
 えにるが再び筆を握って……否、抱えている。その姿が何故か羅刹天のように見える。意味もなく左手には剣印を結んですらいる。五亡星でも描く気か。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、前、行!」

 えにるは左手で早九字を切った。本来は右手で切るのが正しく、えにるのものは間違いなのだが妙に似合ってはいる。そのまま鋭く息を吐くと、キャラが壊れるのも構わず頭上で筆を回した。

 やめてー、と色々な存在の悲鳴がこだまする。
 びちゃびちゃと飛び散るインク。コジロウタはもろに被り、頭が黒くなった。
 いつもとはキャラが違いすぎるえにるの振る舞いに、戯言屋は目の前が暗くなった。

「許せ凡人。あはははははっ!」

 えにるは踊るように舞うように、全身を使って文字を描き始める。新たに広げられた模造紙は見る間にインクで染められ、えにるの荒々しい筆跡は達筆とは違う次元で書の極みとなる。
 かくして、書き初めレベルの文字がでかでかと模造紙に描かれた。

 “愛ある世界に希望を。自由を愛す者より自由へ、ラヴ&ピース!”
                       ーFrom Your Valentineー

 えにるは満足したように頷くと、コジロウタを呼び寄せて耳打ちする。インクを被ってぶち猫っぽくなったコジロウタは渋々頷くと、テンション低く整備用クレーンの方に歩いて行った。
 呆気にとられていた戯言屋は正気を取り戻すと、口に入っていた包みを手に取った。今日は2月14日。黒髪美少女にしか反応しない人種である戯言屋はああこれ義理チョコですよねと渇いた笑みを浮かべる。

 コジロウタが操縦する整備クレーンは、えにるの書いたひどい書き初め――もとい、バレンタインカードを吊り上げ始めた。元より自由号を整備するために置かれているクレーンだ、相当な高さまで吊り上げることができる。
 ほどなくカードは自由号の胸の位置に掲げられた。

「おー、なかなかよくできてるじゃないですかー」

 文字の上手下手はとりあえず頭の中から追いやって、戯言屋は口を開いた。えにるは満足げに胸を張ると、戯言屋の横に並んで彼の頬をうりうりとつつき始める。

「やめい、やめい」

 今日のえにるさんは本当に変だなと思う戯言屋。横を向くと、えにるの顔が間近にあった。
 えにる、女性にしては背が高い部類に入る。それにしても顔が近い。

「ちょっ、近いですよ」

 取り乱す戯言屋。えにるは近視の人間特有の仕草で目を細め、戯言屋の顔をじぃーっと覗き込む。

「いいかい戯言屋。
 えにるはこう見えて結構ナイーブでね、まあ不器用な娘なんだけどさ」

 なんだこのクールなえにるさんは。ちょっとかっこよくね? と思う戯言屋。他に感想はないんだろうかこの人は。

「態度には気をつけることだね。わたしから忠告だ」

 BAN☆と戯言屋を銃で撃つ真似をするえにる。そのままいたずらっぽくウインクしたかと思うと、意識を失い前のめりに倒れ込んだ。意味が分からない戯言屋は困惑のままにとりあえずえにるの肩に手を置いて支え、どうしようかと考える。
 彼我の距離は十数センチ。
 いやだからと言って何もしないですけど、と戯言屋はどこかの誰かに呟いた。へたれである。

「ん……」

 甘い声を漏らしながらえにるは緩やかに覚醒した。焦点が合わないのか茫洋とした表情で何度か瞬きした後、悲鳴に近い素っ頓狂な声を上げる。

「か、顔が近いっ!?」

 そのままずささささっと後ずさって取り乱すえにる。戯言屋は呆気にとられて言葉が出ない。

「ええとここはどこでわたしは何を……ああっ、それ!」

 必要以上に早口になりながら、えにるは戯言屋の持っている包みを指差した。思考停止に陥っている戯言屋はつられるように包みに視線を落とす。

「えーと偶然有名パティシエさんのチョコが手に入ったので……
 えと……あの……そのっ、猫士さんたちにでもあげてくださいっ!」

 言うなりえにるは風のように逃げていった。戯言屋に発言するだけの時間的猶予はなかった。
 1から始まるカウントダウン。突然の展開だった。

「にゃー……」

 疲れた表情をしてコジロウタが戯言屋の元にやって来た。てこてこ歩いてきて、ぽん、と戯言屋の腰のあたりに前足を置く。

「オイラたち猫はチョコレートなんて食えにゃいから、後の始末はよろしくにゃ」

 インクでぶち猫っぽくなったコジロウタは肩を落として去っていった。
 戯言屋はまさか自分はとんでもない代物(爆弾的な意味で)を押し付けられたのかと青くなったが、まあみんなで食べればいいやと思考を切り替えた。

 自由号は一連の騒ぎの中でも無言のまま、えにるから贈られたカードと共に佇んでいる。
 フィーブル藩国は今日も平和だった。



  (文:久織えにる)

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