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zoom RSS Good night,sweet dreams. (上)

<<   作成日時 : 2010/05/12 02:59   >>

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“本気ですか”
“本気もホンキ、マジでもときよ”
“なんだ冗談なんですね”

   ―摂政AとBの会話。仰天するまで5秒前―


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 噂――あるいは、都市伝説。

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 夢を食べる生き物がいる。
 空想上の生き物で、ロボット獏のモデルになったものだと――戯れで立ち寄った、図書館での読み聞かせで耳にした。
 絵本の読み聞かせだった。対象はちっちゃな子供で、だから内容も薄っぺらく、特に前置きもなしに現れた夢を食う生物が、こちらも脈絡なく現れた悪い夢を食べてしまうという話だ。

 夢なんていい加減なものを食べているせいで、その生き物には実体がない。実体がないから姿カタチも適当で、鼻が長いとか足が短いとか、豆粒みたいな目はきらきら光ってるとか、シーンによってコロコロ変わる。
 共通項とすれば、その生き物は機械ではなく生物で、扱いのわりに毎回なぜか無意味にブサイクな要素が入っていることだ。言葉にできない類の悪意を感じなくもない。
 もしやキモかわいい系か。かわいくないけど。やってることは捕食行動だし。
 ちっちゃな子供でも思うところはあるらしく、語り手のお兄さんに質問する。

「かわいくないー!」

 質問じゃなくて指摘だった。そして子供は容赦なかった。
 お兄さんはやや困ったような表情を浮かべ、進行を一時停止して言葉を探す。

「そうかな。お兄さんは結構気に入ってるんだけど」

 突然主観を語りだすお兄さん。なにか心の琴線に触れるようなことでもあったのだろうか。

「ぶさいく」
「こわい」

 散々な評価を下される空想上の生き物さん。ちょっと同情しそうになったものの、子供の意見は間違ったものではないので思い留まる。どうしようもなくブサイクで、怖いと思うかは人それぞれといったところだが、そもそもそういう容姿にする作者が悪い。

「えー……。まさかこんなにウケが悪いだなんて思わなかった」

 遠い目をなさるお兄さん。もしや作者はあなたですか。
 場は既に無法地帯と化している。大人顔負けのブーイングを繰り出す子供たち。たくましくて頼もしくて、思わず目頭が熱くなる。きっと世界が世紀末な展開になっても、この子供たちはしぶとく無事生き延びるだろう。

 お兄さんは黙ってページをめくった。

 夢を食べるブサイクな生き物は、なんかすごく細くなってかわいそうな感じになっている。冬眠明けの熊のような哀愁が漂う。伝わってくる飢餓感が半端ない。

「かわいそう…」

 水を打ったように静まる場。
 ついさっきまでブーイングをしていた面影はどこにもない。
 ちいさな子供というものは現金なもので、自分のことは棚に上げるのが大好きだ。集中力が散漫で視野が狭く、自分イコール世界になっているだけともいう。

「死んじゃうの?」

 そして、気配に敏感だ。理論や理屈でなく、知識や知恵でもなく、子供の感性は最短距離で真相に到達する。自分イコール世界なのだから、世界イコール自分であるのかもしれない。

「それは、どうだろうね」

 お兄さんは先を匂わせながら、ゆっくりとページをめくる。
 子供たちから自然とブサイクコールが沸きあがる。色々間違っている気がするが、それ以外に適当な名称がないのだから仕方がない。「ぶっさいく! ぶっさいく!」というコールはエールというより深刻なイジメのような気がするが、子供は純粋なので悪意はないように思える。
 果たして両開きになったページのどこにも、ブサイクな生き物の姿はなかった。

 ブーイング、再来。以前よりもレベルアップ。
 純粋ゆえに子供はシビアで残酷なのだ。

「えー……。まさかこんなに真剣になってくれるだなんて予想外だった」

 お兄さんがページをめくる。真っ白なページ。完璧なブランク。
 間が保たないと考えたのか、そのままページをめくる。

 ブサイクな生き物の姿が現れる。
 歓声。

 絵本の読み聞かせはそこで終わった。


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 都市伝説がある。
 夜の闇に紛れ跳梁跋扈するあしきゆめ。
 それを狩るハンターがいるという噂。


「いたぞ!」
「逃がすな。必ず捕らえろ!」

 誰もが寝静まる深夜の路地を、騒々しい足音が駆けていく。
 追うものと追われる者。冗談みたいに鮮やかな青い忍者服を着た青年と、サングラスで目元を隠した没個性の黒服たち。

「カトンの術!」

 言うなり青年は懐から新聞紙を丸めた球を取り出し、後方に投げた。ころころと転がった新聞紙の球は、おもむろに発火。付近のゴミ回収場所に捨ててあったゴミに引火する。

「ゴミ出しは時間厳守でゴザル! ネコやカラスに荒らされて迷惑かかるでゴザルよ!」
「ええい、先に行け!」

 黒服のひとりが立ち止まり、仲間に合図を送る。踏んで火を消そうとするが、すでにその処置でどうにかなるレベルではない。黒服は小さく舌打ちすると、近くの民家の敷地に進入し、屋外に備え付けられていた水道の蛇口をひねる。

「おっと、カメラはこっちに戻させてもらうでゴザル!」

 絶賛逃走中の忍者服の青年は、そう叫ぶなりまたもや懐から何かを取り出した。
 小さな金属製の球体が詰まった巾着袋。

「ストーカー撃退! いやんばかんマキビシ!」

 巾着袋の結び目が解かれ、金属球が路上にばら撒かれる。金属球はボールベアリングだ。黒服たちは意に介さず、勢いそのままに跳躍。ひとりが足を取られ、派手に転倒した。

「ええい、先に行け!」

 起き上がった黒服は舌打ちすると、懐からピンセットを取り出し回収を試みるがその方法でどうにかなるレベルではない。早々に諦め、偶然近くに捨てられていたダンボール紙を拾い上げると、目立たない場所に球体をまとめて、散らばらないように隔離する。

「いいからカメラをよこすでゴザル!」

 大絶賛逃走中のお気楽忍者青年は、そう叫ぶなり懐から棒手裏剣を3本取り出すと、踵を返して反転。黒服たちに向かって打ち放った。糸を引くような軌道で棒手裏剣は黒服3人に命中し、その誰もが崩れ落ちる。

「ハァッハ! 重度の不眠症患者をもヘヴンに誘うミラクルドラッグの威力をとくと味わうがよい…ッ!?」

 青年の足元が穿たれる。
 残った黒服は平和的解決を諦めたのか、各々が懐から自動式拳銃を抜いていた。
 銃口から立ち上る硝煙。

「この国のケーサツは何をしているでゴザル! 善良な一般市民が大ピンチでゴザルよー!」
「貴様のどこが善良な一般市民だ!」

 度重なる青年の蛮行に堪忍袋の緒が切れたのか、叫ぶ黒服。
 有無を言わさぬ一斉連射。吼える銃口。青年に殺到する銃弾の雨。

「ウツセミの術!」

 銃弾を回避するように青年はステップを踏み、流れるような動作で懐から閃光手榴弾と綺麗に折り畳まれた風呂敷を取り出し、閃光手榴弾を地面に叩きつける。
 夜の空間に生まれるわずかな昼。

「オンギョーの術!」

 闇夜に響く青年の声。果たして青年の姿は完全に消失した。
 黒服たちは視界を取り戻すと、状況分析を開始。標準装備のサングラスには光量調節の機能以外に、赤外線、超音波、電磁波などを利用した各種センシング機能を備えている。
 どれもが反応無しを示した。

「ちっ、逃したか。まあいい、撤退する」

 昏倒した3人を回収し、黒服たちは去っていった。


「フゥ。危ないところだったでゴザル……」
「なにが、フゥよ。あたしがフォローしてなきゃアンタ死んでたんだからね」

 少女の声。
 青年は目を瞑ると、ヘッドセットを装着した少女の姿を思い浮かべた。
 瞑想通信。

「……拙者のオンギョーは完璧でゴザルが」
「ただの光学迷彩でしょ」

 早速種明かし。
 青年が広げた風呂敷には光学迷彩の機能――周囲の景色に同化する――が仕込まれていた。時代が時代ならば隠れ蓑と呼ばれていたであろうそれには、光学以外のセンシングを防ぐ機能はない。

「そう言う割にはフォローが遅くて欠伸が出そうだった」
「アンタが色々面倒起こすからじゃない!」

 少女は瞑想通信でなく、通常の通信手段を用いている。
 青年は耳元で響く、女子特有の声質に顔をしかめた。

 大雑把に状況を整理すると、このふざけた格好の青年の逃走を少女が助けていたのだ。
 青年がしきりにカメラカメラ言ってたのはつまり、各地の監視カメラをハッキングしてモニタリングしていた少女へのアピールでもあったのだが。

「しかし、この隠蔽はすごいな」
「ふふん? ウイザードの称号は伊達じゃないわ」

 実のところ、青年は黒服から銃撃を受けた路地に残ったままだ。
 少女の仕掛けた情報戦によって、青年の全ての情報が隠蔽されている。正確には、知覚できないレベルにまで青年の情報レベルが落とされている。センサーには計測されていたが、黒服たちは気がつかなかった――というだけだ。
 今回の顛末はログに残されているだろう。帰還した黒服たちがこっぴどく叱責されるのは想像に難くない。

「よし! 次はもっと派手に暴れよう」
「これだからバカは……いいからさっさと戻ってきなさい」


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 ナイトメア。
 それはターン14くらいでニューワールド全土を震撼させたという死に至る病の名である。くらい、とされているのは、そもそもにしてターンなんて呼称を使うのは第7世界人だけであり、当時を記した資料がことごとく散逸してしまっているせいだ。
 まるで誰かの手によって意図的に隠されたかのように。

「と、あからさまに怪しいのよね」
「それは確かに怪しいな」

 街角の喫茶店。
 さして繁盛しているわけでもないが寂れているわけでもない、小奇麗な店内にはテーブル席が3つとカウンター席が6つ。小学生以上中学生未満という感じの微妙なお年頃の少女と、成人してすぐといった感じの青年が、テーブル席のひとつを占拠してなにやらひそひそ話している。

「年長者。何か覚えてない?」
「いや……それがさっぱり」

 少女は落胆をあらわにすると、これだからバカは、と呟いた。

「バカと記憶力は関係なくないか?」
「一緒。機械知性体にも劣るなんてまさしくバカ」

 青年、難しい顔をする。AIとまではいかないにしても、最近の機械知性体はなかなか賢いのだ。100年前の日付と曜日を覚えているだなんて、ちょっと反則だろうと思う。しりとりをしたこともある。無論、完膚なきまでに負けた。
 だが、目の前の少女ならば問題なく勝利するだろう。少女が特別なだけで、誰もが彼女のように能力が優れているわけではないのだ。

「こんな時、年齢というのは重いハンデよね」
「キミが俺と同じくらいの年なら、俺はこうして協力してないけどね」

 さらりとカミングアウトをかます青年。
 コーヒーを口にしながら嘗めるように少女を見たあと、口を開く。

「あからさまにサイズを間違ってるんじゃないか、それ」
「うるさい。学校の制服なんだから仕方ないでしょう」

 少女はひどく小さかった。年齢では13になっているはずなのだが、乗り物などは子供料金で乗れてしまう。そのくせ学業の成績は抜群で、度重なる飛び級の末に現在は高校に通いながら、大学には自身の研究室を持っている。
 専門は情報戦。少女は名うてのハッカーであり、情報分野のエキスパートであり、現役の高校生でもある。ネット上で彼女を慕う者達が彼女に付けたあだ名は電子巫女。最高位のウイザードのひとりだった。

「金がないわけじゃあるまいし、オーダーメイドすればいいだろう?」
「制服をオーダーメイドするなんて、今時どの世界のバカもやらないよ」

 コーヒー……は苦手なので、注文したココアを飲みながら少女は口を尖らせる。
 検討はした。オーバーサイズであることは誰の目にも明らかで、もちろん少女も自覚していた。姉の制服のお下がりを着せられた妹のように思われることは心外だったが、それを回避するべく実行するかどうかはまた別の話だ。

 丈の長い制服では機動性に支障が出ることは明らかだが、少女には特段に機動性を気にかける理由はない。これまでの人生で遅刻というものをしたことがないし、走って登校しなければならない状況へと至る非効率的な時間の使い方をしたことがない。
 もっとも、それはそれで体力作りの役には立つのかもしれないが。

「俺のユニフォームはオーダーメイドだが」
「忍者服って言いなさい。アンタは度を越えたバカだからいいの」

 少女が色々理屈を付けて諦めたことを、この男は平然とやってのけている。
 少女はそこが気に食わない。バカに負けたみたいでとても腹立たしい。

「納得がいかないな」
「説得しようとも思わないもの」

 むぅ、と唸る青年。冷ややかな目をする少女。

「話を戻そう。探りを入れるアテはあるのか?」
「目星は付けてあるわ。……フィーブル新聞社屋よ」
「あの新聞社か……」

 なにやら遠い目をする青年。
 彼はフィーブル新聞の愛読者であったが、それとは別に特別な思いを抱く理由があった。噂によれば件の新聞社の社長は、初めて訪れた小学校で初対面の小学生を相手に愛の告白をかました挙句、取り押さえられ頭の病院に入院したという。
 普通に過労で入院と聞いた気もするが。

「あれこそ漢というものだろう。彼とは是非膝を突き合わせて話してみたい」
「……なんの話?」
「ヘンタイという名の紳士についてだ」
「意味わかんない」

 ぶぅ、と頬を膨らませる少女。
 その仕草に青年は心をときめかせた後、真面目な顔で口を開く。

「確かに資料はありそうだが。あそこは警備が固いぞ」

 フィーブル新聞社は何度か正体不明の勢力による襲撃を受けている。その度に警備が強化されていき、現在は共和国の中でも特別要人クラスの警備態勢が敷かれていると耳にしていた。

「シミュレーションでは侵入成功率80%よ」
「やけに高いな」

 訝しむ青年。バカはバカなりに勘がいい。

「手段を選ばなければ、ね。常識的なとこでは60%くらいかな」
「なるほど……」

 60%を高いと思うか低いと思うかは受け手次第だ。
 そしてこの場合、受け手は筋金入りのバカである。なにせ、撤退のことを訊かない程度のバカだった。

「悪くない勝負だ」
「決まりね」

 にこっと微笑む少女。
 本当に嬉しい時にはこういう表情はできない。整いすぎているのだ。表情を崩しながらも完全には崩れきっていない。事務的な、武器としての笑顔。
 それがこの少女にとっての生きていく術なのだろうと青年は頭で理解していたが、感情は別だ。少女の微笑は青年の心を熱くさせる。バリアを張っていようがなんだろうが、気持ちを揺さぶる上での価値が損なわれるというものではない。

「よし。決行は今夜か?」
「今夜は新月……? うん、悪くない」

 テクノロジーが発達したこの時代に、月の満ち欠けが与える影響というものは微小であるが、心情的なものはある。
 単なる明暗の範疇を超えてヒトは月に関心を寄せる。
 満月の夜と新月の夜にはこの世ならざるモノと遭遇することが多いという言い伝えがあるが、現実と物語の境界が曖昧になるこの夜を、ヒトは恐れている一方で求めているのかもしれない。

「決まりだな。また夜に落ち合おう」

 青年には様々な仕込みと準備をする時間が必要だ。腰を浮かしかけた青年を、少女は押しとどめるように見つめる。口を開く。

「待って。ラジオネーム、決めよ?」

 それが真剣な眼差しであったので、青年は息を呑んだ。
 とても美しいものが目の前にいる。それは容姿が示すのではない、魂の輝きが示すのだ。
 初めて垣間見えた少女の素の顔。こんな表情もできるのだ、と青年は感心した。

「……ラジオネーム?」
「便宜上の呼び名かな。いつまでもキミとアンタじゃ困るでしょ」

 ふむ、と青年は頷いた。これまであまり気にしていなかったが、もし「あなたたちはどんな関係ですか?」と聞かれることがあれば困ったことになっただろう。
 兄と妹で通す方法もあるが、互いの呼び方がキミとアンタではどんな名優も大根に成り下がるというものだ。

「ではサスケとカスガで……」
「却下。……ソマリとシャムはどう?」

 むぅ、と唸る青年。由緒正しいニンジャネームを提案したつもりだったのだが、少女はお気に召さなかったらしい。代わりに提案されたのはネコの名前で、

「……俺は犬派なんだが」
「わたしはネコ派で、ここは共和国よ。文句ある?」
「シャムは嫌だ。カールにしてくれ」

 せめてもの抵抗に、青年はネコであり、とある犬の名でもある名を口にする。
 少女は思案するように何度か呟き、頷く。

「カール、ね。あらためてよろしく、カール」
「こちらからもよろしくお願いするよ、ソマリ」


/*/

 深夜のフィーブル藩国はとても静かだ。
 田舎だからそうなのか、都会でもそうなのか、そもそもこの国から出たことがないソマリにはわからない。わからないが、静かな夜は好きだ。銃声や爆弾が落ちる音、何かが壊れ、誰かが死ぬ音を聞くよりはずっと。

 だからといって、ソマリが平和信奉者というわけではない。彼女の趣味でありライフワークであり、今の彼女の地位を築き上げたハッキングによる情報戦。ソマリの行動は幾人もの人生を破滅に追いやり、多くの命を奪っただろう。結局は目に見え、耳で聞こえる範囲でヒトが死ぬのが嫌だというだけであり、そしてこれはただのわがままだ。

 全てを理解していながら、ソマリはフィーブル新聞社が見える路上に佇んでいる。

 警備の人数と配置、巡回ルートは把握済みだ。既に監視システムは掌握し、攻性プログラムを注入済みである。あとはシグナルを流せば、プログラムによって新聞社屋の防御システムは完全に沈黙するだろう。これまで幾度もソマリがそうしてきたように。

「闇夜に佇む漆黒の令嬢……粋でゴザルな」

 背後に立つ影がひとつ。
 振り返らずにソマリは口を開く。

「遅い。……でもまあ、普通に登場したことは褒めたげる」

 バカと煙は高い所が好きという。
 勝手に登る分には止めはしないが、名乗り上げた挙句口上まで吐かれた場合はさすがにフォローの限界を超えている。今回の潜入にあたり、ソマリが最も大きな不確定要素としたのがこれだ。
 心配が杞憂に終わったとわかって軽く一息吐き、

「カジノの屋上は、ネオンが邪魔で誰も気付いてくれなかったでゴザル」
「……前言撤回。筋金入りの大バカ」

 ソマリはため息を吐く。
 男はどうしてこうもバカなのか。女も大概だが、男ほどではない。

「ソマリが思うほどヒトは愚かではないでゴザル」
「どの口が言うか!」

 思わず振り返ったソマリは、絶句した。
 ただでさえ冗談のような青い忍者服は目立つのに、カールの首元には赤いマフラーが巻かれている。しかも尋常でなく長い。目を覆いたくなる惨状だ。

「この口でゴザル」

 自信満々に胸を張るカール。
 ソマリは無性にカールの口を糸で縫いつけたい衝動に駆られた。ファスナーでもいい。このバカを黙らせる手段がほしい。これ以上戯言を聞いていると自分までバカになりそうだ。

「ところでソマリ、そのコスチュームは……」
「服装って言いなさい。今回はわたしもついていくから」

 ほう、とカールは目を細めた。
 黒いゴスロリ服に、カチューシャの代わりのヘッドセット。フリルの付いたスカートは膝下までを覆っており、足元には厚底ブーツときた。
 これは意思表示なのだ。侵入は成功し、道中つつがなく撤退まで至るという、ソマリなりの。
 とてもじゃないがこの格好では、逃走などといったものは不可能だろう。

 そしてなにより、ソマリの服装はカールの嗜好に完全に合致している。人形に匹敵、いや超えたと思わせるソマリの姿、それを自ら台無しにするヘッドセットと厚底ブーツのコーディネート。枠にはまらない、常識に囚われない、ソマリだけが持つオリジナリティとイマジネーション。

「キミは本当に素晴らしいね」

 ほとんど無意識に感嘆の言葉を漏らしたカールを、ソマリはうざったそうに一瞥した。

「キミじゃなくてソマリ。あと口調が元に戻ってるよ」
「……ん、ん! かたじけないでゴザル、ソマリ殿」


 新聞社の敷地への侵入は、あっけなく成功した。
 元よりこの新聞社の主は現在入院中なのだ。いくら警備が厳重だといっても、特定個人を警護するのが主な目的である以上、対象が不在では綻びが生じるのも無理からぬ話である。
 それでも並以上の警備体制であるので、本来は賊の侵入を許さないのだが。

「まあ、世界忍者だしね」
「なにか言ったでゴザルか?」
「別に……」

 世界忍者は侵入行為にアドバンテージを得る。あらゆる妨害の影響を受けない。
 ソマリは各種センサーをトラップ(≒検知情報の伝達阻止処理)すると、堂々と敷地に侵入した。しばらくはこれで誤魔化して、いよいよとなれば注入した攻性プログラムを活性化させればいい。手の内はギリギリまで明かさないのがセオリーだ。

「オゥ?」
 珍妙な声を上げてカールが立ち止まる。ソマリはカールを蹴り飛ばしたい衝動に駆られたが思いとどまり、説明を促す。

「監視カメラが生きてるでゴザル」
「えっ、うそ……」

 カールの視線の先に、正常に動作している監視カメラがあった。
 奇妙だった。監視システムは既に掌握済みで、ソマリたちの姿を映さないように動作アルゴリズムをいじってある。なのに、この監視カメラはソマリたちの姿を捉えている。
 だが、警備員がやってくる気配はない。警報装置は後々のために生かしてあるから、不審者を確認したならば何らかの動きがあってしかるべきだろう。

「拙者たち以外に――何者かがいるようでゴザルな」

 バカもたまにはまともなことを言う。
 ソマリも同意見だった。監視システムの外にあり、この新聞社の警備と関係ない監視カメラ。侵入者を排除するためのものではなく、文字通り何かを監視するのが目的と考えるのが自然だ。

「そうじゃないとして、誰かを観察している……?」

 その可能性を考えて、ソマリは背筋が寒くなった。
 人通りのある路上ではなく、わざわざ敷地内に設置するということ。不特定多数を観察するのではなく、特定個人を観察するということだろう。通りがかるかどうかも定かでなく、しかも映ったとしてもたかが十数秒だ。

 映像をチェックする労力と引き換えに得られるものは価値をつけるのも馬鹿らしいほどの個人情報で――あまりに非効率すぎて、気が遠くなる。
 バカだ。この監視カメラを設置した存在も相当のバカだ、とソマリは結論付ける。

「おーい、迷子になっても知らないでゴザルよー?」

 動きがない以上、直近の脅威にはならない。
 カールはさっさと先に行ってしまっていて、ソマリが思考に費やした時間の分だけ前に進んでいる。侵入作戦は時間との戦いで、無駄に使ってよい時間はない。
 だからこの場合、正しいのはカールだ。場馴れしているカールと違ってソマリはアマチュアで、経験が足りていないのだからこのような失敗をしてしまうこともある。

 だが、バカに正論を言われるほど腹が立つこともない。進む際に一言、声をかければ済むことだ。カールに対してソマリは抑え難い暴力衝動に駆られたが、距離の差はどうにもならないのでぐっと堪えた。


 二人は順調に新聞社屋への侵入を果たした。
 元より戦場となることを想定された構造ではないため、さすがに建物の中には侵入者を迎撃するシステムは構築できない。ここまで来れば後は、見取り図に従って進むだけである。

「それにしても、妙でゴザル」
「……なにが」

 置き去りにされかけたことをまだ根に持っているソマリは、やや不機嫌そうに口を尖らせる。

「情報が集まるのが新聞社の常とはいえ、この規模の新聞社ならば狙われる道理がないように思うでゴザルが」

 フィーブル新聞はその名が示すように地方の新聞社だ。FEGや紅葉国にあるような都会の新聞社ならまだしも、わざわざ田舎の新聞社を襲撃する意味がカールにはわからない。
 ソマリはなんだそんなこと、とため息を吐き、

「ここの社長は第7世界人なのよ。ついでにこの国の摂政だし」
「ムムッ、そうだったでゴザルか! 第7世界人だったとは初耳でゴザル」
「愛読者なんでしょ。むしろ今までよく気付かなかったね……」
「ヘンタイ紳士は第7世界人の嗜みと聞いたことがあるが、これで納得がいったでゴザル!」

 拳を握り締め、目を輝かせるカール。
 ソマリは変態忍者が世界忍者の嗜みなのだろうかと思ったが、黙っておくことにした。下手に触れたら汚れてしまいそうだ。

「はて。何故第7世界人が狙われるでゴザルか?」
「アンタね……」

 ソマリには、カールがわざと知らないフリをしているんじゃないかと思えてきた。次にイラッときたら言葉より先に蹴ろう。そうしよう。

「不都合だから。押し付けがましくて傲慢で、自分達が正しいんだって思い込んでる連中がね」
「だから排除するということでゴザルか?」
「そういう過激派の思想団体もあったみたいだけど、昔の話。セブンスフリー、とかいったかな」

 見取り図によると資料室はこのあたりのはずだ。
 新月の夜は暗い。ヘッドセットを使おうかと考えたが、その格好で無人の建物内を闊歩するのはマンガやアニメの見すぎ、ゲームのし過ぎではないか。バカの所作だと思い留まる。
 どこからともなく、ラベンダーのいい香りが漂ってくる。

「昔、ということは今は活動してないでゴザルか?」

 ソマリは部屋の外観と広さから角の部屋に当たりをつけ、

「さあ。その後を聞かないということは活動してないってことなんじゃない――」

 ドアノブに手をかけようとしたところを、カールに叩かれる。

「痛っ! なにすんの」
「トラップでゴザル」

 言われてよく見てみると、小さな電池と配線が見えた。小さいとは言っても燃料電池だ、電圧は十分にある。さしずめ即席のスタントラップといったところだろう。
 だが妙だ。これは侵入者を撃退するトラップでなく、無力化し、拘束するためのトラップである。

「……セブンスフリーにはセプテントリオンがついてたんですよ。知ってました?」

 声とともに、通路の闇に黒髪の少女が現れる。




Good night,sweet dreams. (下)へ続く

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