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zoom RSS Good night,sweet dreams.(下)

<<   作成日時 : 2010/05/12 03:27   >>

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Good night,sweet dreams.(上)から続き


「……セブンスフリーにはセプテントリオンがついてたんですよ。知ってました?」

 声とともに、通路の闇に黒髪の少女が現れる。
 ソマリよりずっと背が高い。だがソマリは小学校低学年と間違われるくらいなので比較対象としての物差しにはならない。体つきから学生だと思われるが、飛び級をしているとはいえソマリですら大学に研究室を持つ高校生なので、やはり比較対象として役に立たない。
 手には自動式拳銃。既に撃鉄は起こされ、銃口はこちらを向いている。

「セプテントリオンは死の商人。例えばそう――」

 黒髪の少女の表情は窺えない。こんなことならヘッドセットをかけておけばよかった。
 ソマリのヘッドセットを使えば暗視機能で見えるだろうが、今更着用しようとしたところで撃たれるだろう。カチューシャにカモフラージュしてあるのならまだしも、堂々とヘッドセットを頭に乗せているのである。
 もっとも、それはそれで問題がある。カチューシャを顔に装着するバカはいない。

「あら。その格好でもしやと思いましたが、セプテントリオンのエージェントとは別人のようですね」

 その格好が何を指すのか、ソマリはなんとなくわかった。カールの目立ちすぎる忍者服だろう。青い忍者服に赤いマフラーなどする者はいないと思っていたが、どうやら他にもこのコーディネートを好む同類がいたらしい。

「ちょっ、わたしをそこに含めないでください……」

 自身の名誉のために、力なく抗議するソマリ。我が事ながら説得力がまるでない。カールと共に行動しているという、その事実は何より雄弁だ。

「そちらは妹さんですか?」
「拙者に妹はおらぬでゴザル!」「わたしに兄はいません!」

 黒髪少女の問いに対し、二人の声が見事に揃う。
 妹がいてロリコンが務まるか、こんな兄がいてたまるか、という心の声は互いの胸の内に留まった。

「あらあら。賑やかな方々ですね」

 くすくす、と少女が笑うのをソマリは聞いた気がした。
 背筋が寒くなる。拳銃を、引き金を引けばヒトを殺せる武器を構えていながら笑うということができる心の強さ。圧倒的に場馴れしている。経験値の差は歴然だ。
 余裕のある仕草と裏腹に、こちらに向けられた銃口は少しも動かない。心なしか、ラベンダーの香りが強くなった気がした。
 さて、と少女は仕切り直すように言葉を継ぐ。

「私の情報網に割って入ってくるだなんて……何者ですか」
「人に名を聞くときはまず自分が名乗るのが礼儀でゴザル!」

 あからさまに怪しい忍者服がそんなことを言っても何の説得力もないとソマリは思ったが、黙っておくことにした。少女の反応を窺う。

「やえ……じゃない、イースです。私はイース。あなたは?」

 意外なことに黒髪少女は名乗ってきた。
 偽名であることは明らかだったが、初対面で不審者そのもののカールに対して名乗るとは、すごいことだとソマリは思う。きっと根が真面目なのだろう。
 対してカールは、ぱあっと晴れた表情になったがすぐになにやら思案するような顔になり、視線を彷徨わせた後、

「拙者は忍者ゆえ……名乗る名を持たぬでゴザル」

 唇を噛み、目を伏せた。悔しそうだった。

「これはひどい……」

 ソマリは手で顔を覆う。
 バカもここに極まった。相手に名乗らせておいて自らは名乗る名を持たぬとは、キングオブバカだ。
 カールの脛を蹴る。

「グゥ! ……今はカールと呼ばれているでゴザル」

 渋々といった表情で答えるカール。
 イースが驚いたような表情を浮かべたのが、闇を隔てて伝わってきた。

「カール? ドランジ……じゃない、ドラケンさんですか?」
「はて、それは誰でゴザルか?」

 人違いか、とイースは呟いた後、言い聞かせるように言う。

「そうですよね。こんなバカがドラケンさんのはずがない」
「ノォォォ!? なんだかすごく悲しい納得のされ方でゴザル!」

 憤慨するカール。
 一方でソマリは、冷静に状況を打破する方策を探っていた。侵入してきた身である。相手に動きが見られないにしろ、このまま足止めを食らってはジリ貧だ。
 多少リスクを犯しても、こちらからアクションを起こすしかない。

「えっと、わたしはソマリです」

 ぺこり、とお辞儀する。ずり落ちそうになるヘッドセットを手で押さえる仕草。
 今の動作でシステムを立ち上げた。正規の手順を踏んでない分、起動まで多少時間がかかるが、それはどうにか時間を稼ぐしかない。
 幸いイースからの攻撃はなく、ソマリの思惑に気付いた様子もない。

 ジト目で傍らのカールを見やる。期待を込めた目。
 何度か目を瞬かせた後、カールは了解、といった具合に視線を一旦落とし、

「……それよりイース殿。そなたはとてもプリティでビューティフルでゴザルな」

 なんだそれは、とソマリは思ったが、けしかけたのは自分だ。ここはカールの打開力に期待するしかない。

「あら、ありがとうございます」

 やはり真面目なのだろう。ともすれば驕っているように聞こえる台詞だが、イースが口にすると嫌味がない。
 カールの目が怪しく輝き、

「ここで会ったのも何かの縁。……もしよければ連絡先を教えてもらえぬだろうか」
「このド変態!」

 期待以上だったが、予想の斜め上だった。
 ソマリ、カールの脛に渾身のローキック。

「ギャフン!」

 奇妙な声を上げるカールを尻目に、ソマリは指先に意識を集中させる。
 イースに勘付かれないよう注意を払いながら、後ろ手で仮想キーボードを使ってタイピング。

 仮想キーボードは本来ヘッドセットを用いて使うものだ。ヘッドセットなしではキー配置が視認できず、常人には扱うことができない。だが、彼女はウイザードであった。
 ウイザードがウイザードたる所以は、常人ができないことを成し遂げることにある。
 攻性プログラムにシグナル送信。

「無駄ですよ」

 だから、最初ソマリはイースの言葉を理解できなかった。そもそも誰に、何に対してかけられた言葉なのかを理解できなかった。

「情報戦、難易度リクエスト99です」
「――ッ!」

 ソマリは思わず表情に出してしまった。すぐにしまったと思ったがもう遅い。

「確かめていただいても結構ですよ?」

 イースは言外に、ソマリに対しヘッドセットを装着するように言う。
 自分はウイザードなのだ、情報戦で負けるはずがないという自負がある。しかし、イースの余裕ときたらどうだ。ただのハッタリとは思えない。これではまるで――
 震える指先を動かし、ヘッドセットをかける。

 ――アクセス権限がありません。要求は拒否されました。

「そんな――」
「隠蔽処理もしていないとは油断でしたね。プログラムは私がいただいておきました」

 ソマリは唇を噛む。油断どころではない、初歩的なミスだ。
 情けないことに、その可能性に思い当たっていなかった。自分たち以外の存在の介入が判明した時点で、何らかの防御策を講じるべきだったのだ。ソマリは時間にばかり気を取られて、肝心なことを見落としてしまっていた。

「……いつから気付いてたんですか」

 敗者の心で、せめてもの抵抗を試みる。今はヘッドセットの機能でイースの表情が見える。イースはまるで年下の弟妹に教える姉のような表情をし、

「そのヘッドセット。使うから、身に着けているんでしょう?」
「あ……」

 雷に打たれたような気分。監視カメラ。おそらくあの時にはもう。

「見事な手口ですね。私も気が付いていませんでした――本当に、すごい」

 心の底からそう思っているのだろう。イースの表情に浮かんでいるのは郷愁――古い友人に逢ったような、そんな表情だった。
 銃口がソマリに向けられる。ラベンダーの香りが一層強くなる。

「でも――運がありませんでしたね」

 ソマリの心は折れていた。
 運など関係ない、自分は完膚なきまでに負けたのだ。のこのこと現場に出てきて足を引っ張って、果たすべき役割すら果たせなかった。
 なにがウイザードだ。常人ができないことを成し遂げるどころか、人並み以下じゃないか。バカだと侮っていたカールのほうが、こんな自分よりよっぽどマシだ。

「……」

 銃口を見つめる。
 ソマリに銃弾を回避する身体能力はない。そもそも銃口に狙われたこともない。だから、どうなるかわからない。きっと死ぬんだろう、と漠然と思う。
 それもいいかもしれない。ウイザードでなくなった自分に価値などない。それに、ここで報いを受けてまだ、釣りがくることを今まで自分はしてきたのだ。

「待つでゴザル!」

 だからソマリは、カールをバカだと思う。
 こんな自分を庇うようにして銃口の前に身体を晒しては、カールに銃弾が当たってしまう。とても痛いだろうし、血もたくさん出るだろう。死ぬ可能性だってある。

「この娘は関係ない……そう、現地人でゴザル。拙者が無理矢理あの手この手孫の手でこき使ってやっただけでゴザル!」

 割に合わないのだ。
 ソマリのために、カールが傷つく理由なんてどこにも――

「まだxxxxxもしてないのにお別れなんて嫌でゴザルー!」

 ソマリはようやく気がついた。カールがバカを超越したバカだということに。
 むしろ変態だ。完全に変態だ。警察に通報するべきだ。腹を切って死ぬべきである。

「……あれ?」

 違和感を感じる。
 なにか変だ、とソマリの理性が囁く。自分の思考が自分のものでないような違和感。あまりに極端すぎるのだと、すぐに理解する。
 だがそれもラベンダーの香りでかき消される。思い過ごしではないか、結局自分は役立たずなのだとネガティブな感情が思考を支配する。けれどソマリは答えを失わない。
 原理がわからないから魔法なのだ、わかってしまえばただの手品である。

「カール、火を貸して」
「承知! カトンの術!」

 カールは懐から新聞紙を丸めた球を取り出すと、床に転がした。よくよく見ると丸められているのはフィーブル新聞だったが、この際どうでもいい。燃えてしまえば同じだ。
 やがて球は発火し、物が燃えた時特有の匂いが残る。スプリンクラーが作動しなかったのは幸いだった。防火上、問題なのかもしれないが。

「あら、気付きましたか」

 悪戯がばれた子供のような表情で、イースが笑う。なんとなく、楽しそうに見える。
 思考がクリアになっていくのをソマリは実感する。

「新製品のテストも兼ねていたんですが――改良の余地があるようですね」
「……偶然、です」

 事実、ソマリが仕掛けに気付いたのは度を越えたカールのバカさ加減からだった。極端な思考に至るまで、なんら違和感を感じなかったといってもいい。

「成る程、催眠術だったでゴザルか……」

 ヌゥ、と唸るカール。
 ラベンダーの香りはそれ自体の効果もあるが、カモフラージュでもあるのだろう。脳内物質に働きかける薬品ならば、アルコール系の刺激臭がするはずだ。空気中に揮発して漂っているのだから、燃やしてしまえば効力はなくなる。

「というか、」

 ソマリは一歩踏み出してカールに並び、

「人をそんな目で見てたのかこの変態忍者!」
「ご、誤解でゴザル! 催眠状態でつい本音が出てしまっただけのこと!」

 本音とか言っている。警察はぜひとも青少年保護条例で摘発すべきだろう。ただでさえ怪しい忍者服なのだ、身柄さえ確保してしまえばどうにでもなる。
 ソマリは冷たい視線をカールに送る。心に突き刺さっているであろうその視線の先で、恍惚の表情を浮かべながら身悶えするカール。
 よし。駄目だ、変態だ。

「――愛、ですね」
「こんなのは違うと思いますっ!」

 イースによって美談にされかけたところをソマリは全力で阻止した。
 危ないところだった。実はこの人も天然さんかもしれない。

「愛に年の差は関係ない――そうでしょう?」
「いや、そこが問題じゃなくて……」

 ソマリは、自分は正しいことを言っていると思う。それとも、間違っているのは自分なのだろうか。まだ催眠の効果が残っているのか、だんだんソマリは自信がなくなってきた。

「愛って、いろんなカタチがあるものだと思います」
「さすがイース殿! わかっておられるでゴザルな!」

 いい言葉なのだが、ソマリは素直には同意しかねる。少し前までのイースならば説得力もあっただろうに。今は何を言われても疑ってしまう気がする。
 そんなソマリの心境をよそにイースはエンジンがかかってしまったのか、

「気を引こうとして、あれやこれやしたり――」
「ちっなによ早く気付きなさいよ、でゴザル!」
「つい気になって一日の行動を追跡してみたり――」
「ワタシの手のひらの上で踊れ、でゴザル!」
「贈り物をするとか――」
「もちろん発信機と盗聴機付きでゴザルな!」

 熱っぽく語りだしてしまった。
 対応に苦慮したソマリは、とりあえずバカの脛を蹴る。だまれ。

「ニクコップン!」

 もはや何語かもわからない悲鳴を上げて、カールは飛び上がった。
 どういう原理かそのまま天井に張り付くと、

「歓談もここまでッ! 姿を見られた以上、恨みはないがここで消えてもらうでゴザル。これも忍びの掟ゆえッ!」

 カールは懐から1本の棒手裏剣を取り出し、

「まずはお手並み拝見ッ!」

 イースに向かって打ち放つ。
 イースは表情を変えず、銃に当てて進路を逸らした。

「その身のこなし、只者ではないな!」
「手加減した攻撃なんて、威嚇になりませんよ?」

 まったく正論だ。

「ムゥ。読者に優しくないでゴザル……」
「読者?」

 首を傾げるイース。
 カールは目を見開き、

「ぬぬ。秘密を知られてしまったからにはやはり生かしておけぬッ!」
「アンタが言ったんでしょうが……」

 頭を抱えるソマリ。もう嫌だ。聞いてるこっちまでバカになりそう。

「ならば大惨事になってしまうがいいでゴザル!」

 カールは懐から新たな棒手裏剣を取り出すと、イースめがけて投擲する。
 イースは躊躇なく、横にステップして回避。かなりの速度で壁に当たり、どういう仕掛けによるものか爆裂する棒手裏剣。
 壁が抉れた。確かに新聞社的に惨事ではある。

「避ーけーるーなー!」
「そう言われましても……」

 困惑するイース。
 では当たれというのだろうか。カール的にはご明察! だろうが、そんな理屈はイースからしてみれば迷惑以外の何物でもない。爆裂する手裏剣は銃に当ててもダメ、生身の身体に当たったら本当に大惨事だ。

「ならばこれでッ!」

 カールは天井を蹴ると、イースめがけて飛びかかった。字面だけ追うと強制ナントカカントカで現行犯逮捕されそうな勢い。
 直線的な動きは当然回避される。

「まだまだッ!」

 カールは床に着地するとすばやく身を沈め、イースの足元を脚で払いにいく。だがこれはジャンプでかわされる。空中にいる間は無防備だ、カールは勢いを利用して下から肘を見舞う。イースは身体を逸らしてこれを避け、床に手を衝いてバク転。
 距離をとる。

「すご……」

 ソマリの口から感嘆の声が漏れる。
 カールの攻撃は完璧で、とても避けられるものではないとソマリは思った。相手が女の子なのだから手加減くらいしろと思ったが、杞憂に終わった。
 二人のスピードの差は歴然だった。カールは圧倒的に速く、それに比べるとイースの動きはスローのようなものだ。しかし、攻撃は当たらない。

「なんと! これすらも避けられるのでゴザルか!」

 カールは腰を沈め構えを取ると、悔しいとも感嘆ともとれる声を漏らす。
 手応えはある。だが結果が伴わない。悪い冗談のようだ。

「経験――でしょうか」

 対するイースは脱力している。手に持った銃も今は構えられていない。
 ただ、視線が鋭い。まるでカールの一挙手一投足、全てを把握しようとしているかのように。

「私は師兵ではありませんが、彼らならそう言うでしょう」

 イースはそう言うと、笑顔を作る。
 ソマリと同じ、整いすぎていて崩れきっていない笑顔。

「成る程、でゴザル……」

 カールはバカだが、勘は鋭い。
 直感的にイースの真意を悟る。身体能力で劣っていながら回避できているのは、攻撃を考えずに回避に専念しているからだ。それでもスピードの差というものはあり、同時点で動き始めていては間に合わず、回避できない。

 だから、イースは常にカールより早く動いている。時系列的な視点では、イースがカールの攻撃に合わせているのではなく、イースの動きにカールが合わせてしまっている。信じ難いことだが、この短時間でそこまでの行動予測をやってのけているのだ、イースは。

「イース殿には攻撃の意思がないが、拙者の攻撃も無駄……でゴザルか」
「……信じられない」

 ソマリは思わず言葉を漏らした。
 天才とかそういうレベルではない、こんなのは反則だ。理屈は理解できる。だがそれを実行することがどれほど困難なものか、考えただけで気が遠くなる。知力、努力、観察力。どれが欠けても成立しないだろう。

「仕方がない。これだけは使いたくなかったでゴザルが……」

 小さくため息を吐くと、カールは懐から小さな箱を取り出した。
 形状は箱だが、中身まではわからない。戦いの最中に箱を取り出すという行為は奇妙であり、だからこの箱には何か仕掛けがあるのだろう。あるいは中身が状況を変えうる力を持つのかもしれない。

「退け。この――N.E.Pは使いたくない」
「N.E.P!? そんな……なんてこと」

 N.E.Pという単語を聞いて、イースの顔に動揺が走る。
 ソマリは聞きなれない単語に首を傾げたが、イースが動揺を露にするのは珍しいことなのだろうと思った。そして、それ程のものを何故カールが持っているのかと疑問に思う。

「とある筋から手に入れたものだ。扱いに注意するよう言われたが、そうも言ってられない」
「……あなたを排除する理由ができました。覚悟してください」
「もう一度言う。退け。キミに勝ち目はない」

 ソマリは説明を求めるようにカールを見つめ、

「どういうこと?」
「企業秘密だから言えないよ、ソマリ」

 カールは寂しそうな顔をするとソマリに視線をよこし、特別優しい目をして言った。
 ずるいと思う。大人はいつもこうやって肝心なところでソマリを子ども扱いするのだ。

「……口調が元に戻ってるよ」
「いいんだ、ビジネスの話だからね」

 カールは再びイースに視線を移す。

「それで、いい返事はもらえるのかな」
「……確かに私では勝てないかもしれません」

 イースは気負うでもなく淡々と、事実を口にする。

「でも、だからこそ。ここで退くわけにはいきません」

 決意を固めた女は美しい。女の美しさは容姿ではなく、心の在り方で決まる。

「それはどうしてだい?」
「私は夜明けだからです。戦わずして夜の闇に屈する道理はない」
「なるほど」

 月が輝くのは太陽の光を受けているからだけではない。月は光を発しないが、それは地上に転がる石ころも同じ条件だ。石ころと月との違いは、見られ続けることを受け入れるかどうかにある。
 受け入れるということは、諦めることだ。そして諦めるということは、悟るということである。そういうものなのだから仕方がない、という覚悟。

「たとえ死ぬとしても生き方は曲げない。それがキミの生き方ということか」
「だって、自分を好きでいたいじゃないですか」

 カールの言葉に、イースは笑顔で答える。
 この局面にあって笑顔を作れる心の強さ。作り物かもしれないが、きっと心の底から出た本物なのだろうとソマリは思う。根拠はないが、納得できるだけの説得力がある。

「……でも、私は女の子ですから――好きな人が、正義じゃなかったら。それはもう、悪の味方になります」

 加えて、その覚悟を躊躇なく翻すことができる強さ。
 どうしようもなく美しい女がここにいる。物語の主役を張れるだけの、存在感。

「では今は?」
「さあ。どちらでしょうね」

 興味本位で投げたカールの問いを、迷いなくとぼけてみせるイース。
 言葉とは裏腹に、答えは決まっている。迷いはない。
 仕草は何よりも雄弁だ。

「ソマリ、頼む」
「……うん」

 だからか、何の前触れもないカールの言葉の意味をソマリは直感的に理解した。
 手を加えずにいた警報装置にアクセスする。騒ぎを起こすのが目的なのだ、内容は適当にでっち上げればよい。そして、情報戦はソマリの専売特許だ。
 騒々しい警報音が鳴り響く。

「イース殿、ひとまず勝負は預けるでゴザル!」

 自作自演の世界忍者ことカールはそう宣言すると、一方的に構えを解いた。
 訝しむイースをよそに、カールは悠々とソマリの方へと向かって歩を進めてくる。今イースが銃を撃てば避けられないだろう、あまりにも無防備だ。

「……ほんと、バカ」
「遠慮なくカッコいいとか思ってくれていいでゴザル」

 答える代わりにソマリはカールの脛を蹴った。悶えるカール。

「あの、」
「イース殿も早く行ったほうがいいでゴザルよ」
「あと3分で人が来ます」

 イースは何かを言おうとしていたが、結局口には出さずに飲み込んだ。
 彼女も侵入してきた身なのだろう。軽く頭を下げる仕草をすると、さっさと立ち去ってしまった。

「で、ここからどうするの」
「安全安心、ノープランでゴザル!」

 ソマリ、カールの脛を蹴る。慣れてきたのか、いい音がした。

「……資料を奪取した後、脱出するでゴザル」

 問答無用でカールは資料室のドアを蹴破った。
 この程度で壊れるということはやはり防犯上問題があるのかもしれないが、今回の件でまた対策が成されるだろう。

「さすが世界忍者……トラップも形無し」

 呆れたようにソマリは呟く。
 ドアノブにトラップが仕掛けてあるのならそこに触れなければいい。理屈ではわかっているが、実行するとなるとまた別だ。しつこいようだが世界忍者は侵入に関してあらゆる妨害を受けない。施設破壊という物騒な行為すらも可能だ。

「さて。どれがどれやらさっぱりでゴザルな」

 整理整頓されていることと、管理されていることは異なる。
 収納には使用者の癖が出る。身長の低い者は高い所に使用頻度の高い物を置かないし、その逆も当然ある。年月ごとにまとめる者がいれば、言語の索引でまとめる者もいる。
 何の用途に使うのか、どの情報を重要とするかで利便性はまったく異なるからだ。

「ここは新聞社でしょ……年月か、事件名でファイリングされてるんじゃない」

 生きた情報かそうでないか、というのもあるとソマリは思う。
 フィーブル新聞がどのような編集方針の新聞なのか、ソマリは予め調べていた。ここの新聞は、ある特定のケースで偏執的なまでに事象を追い続けることがある。

「ナイトメアは本当に終わったモノなのかな」
「……というと?」
「始まりがあって、終わりがあるわけでしょ。そのどちらもがあやふやにされているって、おかしいと思わない?」

 例えば、事件があるとする。
 最初は速報的に状況のみを伝える記事が掲載される。時間と共に背景が明らかになっていくが、新聞は取材で得られた無数の情報を選別し、筋道を立ててストーリーを作る。
 だが、フィーブル新聞は別だ。フィーブル新聞のそれはストーリー立てされたものではなく、情報の羅列だとソマリは思う。

「途中で飽きたんじゃないか?」
「それはないかな。ここの新聞が途中で投げ出すような情報なら、この世界の誰にとってもどうでもいい情報っていう証左だもん」

 ナイトメアは多数の死者を出したモノだ、どうでもいい情報であるという推察にはかなり無理がある。フィーブル新聞は執念とも怨念とも熱意とも取れるしつこさには定評があり、途中で投げ出すということはまず考えられない。

「情報戦ならもっとうまくやればいいのに。隠蔽なんてしてないでさ」
「拙者、オンギョーは得意でゴザル!」

 ソマリは無言でカールの脛を蹴る。何度も同じ場所を蹴られているからか、一瞬カールの腰が落ちた。

「ナイトメアは終わってない可能性が高いってこと。ついでに、現在進行形か再発中かも」

 となると、資料が保管されているとすれば取り出しやすい位置ということになる。どの位置を取り出しやすいと判断するかは個人の感性の問題だが、真面目な人間ほど一定の法則に従っているものだ。

「右利きの人間は右側を自由にしたがるから……あるとすれば左側ね」

 ソマリはつま先立ちして棚に立ててあるハードコーティングのファイルを手に取る。スピリチアダンスについて、というファイルだった。目的のものとは違う。

「発見でゴザル」

 隣で同じくファイルを手に取っていたカールが、パラパラとページをめくっている。ところどころ抜き取られたように欠けているが、おそらく該当部分は現在も使用中、ということなのだろう。

「やるじゃん、カール」

 手持ちのファイルを元に戻そうと、ソマリがつま先立ちをして棚に手を伸ばす。
 そこへ聞こえてきたのは騒々しい足音。しかもかなり近い。大音量の警報音に紛れ、際になるまで気付かなかったのだ。

「えっ……わわっ!?」

 慌てたソマリはバランスを崩した。
 ソマリの身体能力はお世辞にも優れているとは言えず、ましてや厚底ブーツを履いている。堪えることも抗うことも適わず、傾いだ身体は重力に従って落下を開始する。
 資料室は棚と机が置いてあるだけの部屋だ、居住性を考えられた部屋ではないのでそこかしこに危険がある。ソマリは無力だ、だからこの先訪れるであろう結果に対して目を瞑る。

「――ッ!」
「おっと」

 ソマリの身体はカールに抱きとめられた。
 拍子抜けするほど優しい抱擁だった。意表を衝かれ、手持ちのファイルが床に落ちる。

「ソマリ、無事でゴザルか?」
「あ……。うん」

 強く意識して放心状態から立ち直る。和んでいる場合ではない。
 警備の手がすぐそこに迫っている。そしてソマリを抱きとめているのはカールだ、ロリコンなのだ。

「……離して」
「だが断るでゴザル」

 カールはソマリを離さない。心なしか鼻息も荒くなっているような気がする。身の危険というよりも、貞操の危機を感じてソマリは蒼ざめた。

「は、離せー!」
「やめろぅショッカーでゴザル!」
「アンタよ!」

 手足をばたつかせて抵抗するが、元より狭いスペースなので大した抵抗にはならない。そもそもソマリは小さく、非力だ。中途半端な抵抗は嗜虐心をそそるだけで逆効果なのでしないほうがいい。

「……あれ?」

 ソマリの視線が床の一点に定まる。先のファイルから写真が落ちていた。抵抗を諦めたわけではなかったが、興味の対象が別にできてしまった。

「カール」
「承知」

 カールも気になったのだろう、ソマリの手を優しく拘束したままであるが写真を拾い上げる。

「これは……イース殿?」

 にこやかな笑顔をしたイースと、男性の姿が映っている。
 新聞社の資料室にこのようなものが置いてある意味を考える。最後の最後にこれ以上なくややこしい話に辿りついた気がするが、詮索せずにそっとしておく類の話であると思った。

「……カール、この写真は戻しておいて」
「もう相手がいたでゴザルか」

 未練を垂れ流しにしたままカールは遠い目をした。
 指の間から写真が抜け落ち、ひらひらと舞い落ちていく。

「……思い出よ眠れ。再び目覚めるその時まで」
「なにバカ言ってんの」
「侵入者だ! 捕らえろ!」

 タイムリミットが訪れる。
 たかだか2人の侵入者を相手にするには大げさな人数が押し寄せてくる。資料室という性質上銃火器の類は使用してこないだろうが、さりとて突破は不可能だ。

「やば……」
「心配御無用でゴザル」

 カールはソマリを抱き抱えると、真面目な顔で言った。

「大船に乗ったつもりで身も心も委ねるんだ」
「……は?」

 言葉はそこで切れた。
 写真が床に落ちるのを合図にしたかのように、カールはその姿勢のまま、窓をぶち破り跳躍。きらきらとガラスの破片を撒き散らしながら夜のフィーブルの空へと飛び出し、

「世界忍法! 天昇輪舞ッ!」

 風を受けて膨らむマフラー。
 過剰にも程があるほど長い赤いマフラーは、こうして役に立ったのであった。


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 夜明け前。フィーブル藩国内の小高い丘。
 無事離脱に成功したソマリとカールは、なんとなく陽が昇るのを待っていた。

「カールさ、気付いてた?」
「なんだいソマリ」
「あの子の銃のことよ」

 特に理由があったわけではない。この場所を選んだのはなんとなくだ。
 元は砂漠が広がるばかりだったこの場所も、今では豊かな緑が広がっている。

「まあね。あんな玩具では人を殺すことはおろか、傷つけることもできないだろうさ」

 イースが構えていた、銃。
 あらゆるセンシング機能を備えるヘッドセットをかけたソマリには見えていた。熱源反応と、本来備えているべき機能の欠如。

「あれってアロマガン……とでも言えばいいのかな……」
「へえ。正体まではわからなかったけどそうだったのかい」

 たぶん、とソマリは答える。ラベンダーの香りと、脳内物質に働きかける薬品を放出していたのは、あの銃を模ったものなのだろう。

「でもまあ、ハッタリとしては上出来だ。いいかいソマリ、まがい物でも銃は銃なんだよ。引き金を引いて殺すだけが銃の使い方じゃない」

 銃の間合いで使わないということは、それは使えないということだ。銃が刃物に勝っている点は対応レンジの広さであり、逆に至近では取り回しで圧倒的に劣る。だから銃は先制攻撃にしかなり得ず、役に立たない距離まで接近を許してはただのデッドウェイトだ。

 接近を許さないのが銃の存在意義だとするならば、イースの銃は立派にその役目を果たしたといえる。手品の仕掛けはバレなければ魔法と同じなのだ。

「うん……すっかり騙されたし」

 心理戦と情報戦は似ている。
 どちらもボタンのかけ違いの仲間で、ひとつの事実を違う何かに見せるテクニックの応用問題だ。実戦経験の少ないソマリは、銃というだけで思考停止してしまっていた。カールは銃の本質――弾が撃て、それが当たれば何でもいい――を知っていたので、危険度を見極める冷静さがあった。

「ソマリ、仮にもウイザードなんだからあれくらい気付いてくれないと困るよ」
「う……」
「玩具を向けられたときのソマリの顔ったらなかった。写真に撮っておくべきだったね」
「――ッ!」

 恥ずか死にそうだった。
 ヘッドセットをかけていたから、ソマリには銃が偽物であると視えていたはずだ。だが目で見ているのと認識することはまた別の問題で、その情報にソマリは気付けていなかった。
 催眠状態だったとはいえ、やはりソマリは情報戦で完膚なきまでに負けたのだ。

「でも、」

 カールの手のひらがソマリの頭の上に乗せられる。ぽむぽむ、と優しく数回叩くような仕草で、

「泣かなかっただけ上出来だね」
「もう! 子ども扱いしないで!」

 陽が昇る。今日も今日とて夜明けがきたのだ。
 夜明けを告げる少女のことを思う。

「また逢えるかな……」
「敵として逢うのはご免被るよ」

 ソマリも同じ思いだった。
 ちょっと変わったところはあったけれど、いい友達になれそうな気がする。初めて、そういう存在がいればいいなと思えた人。目標になりそうな人。

「ところで」
「ん」

 ソマリが疑問を口にしようと横を向くと、何故かカールはニンニンとか言いながら両手の指を立てて手のひらを合わせていた。蹴りたい衝動をこらえて続きを口にする。

「N.E.Pってさ。なんの略?」
「ねーちゃんの。えっちな。ぱんつの意でゴザル」

 衝動は抑えられなかった。糸を引くような顔面へのストレート。
 鼻血を出して、にへらと笑うカール。

「いいパンチでゴザルな…」
「だまれ」

 ソマリ、跳躍。側頭部に吸い込まれるようなジャンピングハイキック。
 さすがにこらえきれず地面にくず折れるカールはしかし、決定的なチャンスを見逃さなかった。
 丸みが足りない色白の脚の先、黒いスカートに隠された白い布地を瞳に焼き付ける。

「眼…福ッ!」
「ばか! ロリコン! しんじゃえ!」

 厚底ブーツの底が後頭部に振り下ろされる。何度も、何度も、何度も、何度も。
 いい夢が見れそうな気がした。




Good night,sweet dreams.(了)


文:久織えにる

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Good night,sweet dreams. (上)
“本気ですか” “本気もホンキ、マジでもときよ” “なんだ冗談なんですね” ...続きを見る
フィーブル藩国 国立図書館
2010/05/12 03:32

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Good night,sweet dreams.(下) フィーブル藩国 国立図書館/BIGLOBEウェブリブログ
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