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zoom RSS フィーブルクラン(人):終章

<<   作成日時 : 2011/06/05 23:56   >>

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終 章

終章


 さて、長々とつまらない話をしてきた訳であるが、過去などどうでも良いのである。重要なのは、明日である。
 ここまで真剣に読んで下さった方には大変申し訳ないが、ぶっちゃけ序章とこの終章で全てなのである。
 ここからは、現在と未来の話をする。

 で、フィーブルクランは、フィーブル藩国の統治を諦め、戦術的撤退を行った訳だが、その後に徐々に藩国の実態が分かってきた。
 それは藩国の民が、予想だにしないほど、品行方正になっていたという事である。

 具体的には……



 フィーブル藩国の国民は、素朴で晴耕雨読を好み、技術に対して流されず、魔法を好まない。
 これは、ただの人でありながらただの人ではない大軍師のことや、過去のTLOによる災禍について、彼らが忘れていないことから来ているのだろう。彼らは勤勉で、前に進む為の努力を惜しまず、欲と怠惰に溺れない強い自戒の念を持っているという事である。便利で手に取れば簡単に願いが叶う様なものを良しとせず、常に堅実に一歩ずつ自らの足で歩く事を良しとするのだ。

 また、信心深いが迷信深くは無い。
 信心と迷信は両者とも一種のオカルトに分類されるものであり、一見似通ったものに見える。だが、実体は全く別のものである。
 迷信とは、あいあい傘の様なものの事を指す。つまり、これは一種の願掛け・憶測の類であり、努力・理解を放棄して超常の力に頼る事なのである。
 これに対して、信心とは、身辺のありとあらゆるものに対して感謝の念を抱くものである。現実的な視点での話をすれば、畑が豊作になるのは畑の手入れをした者の努力の成果である。だが、信心深い者は、これは豊穣の神様が良い天気にしてくれたおかげであると、驕らず自然に対しての感謝の念を抱くのである。
 これらの事からも、彼らが超常に頼らない現実主義者でありながら、そこに止まらない価値観を有している事が分かる。

 そして、明確な殺意を持った敵が現れても、可能な限りの不殺を通し、他者の悪口を甘んじて受けとめる。
 明らかに勝てないと分かっている敵が相手でも、恐怖にとらわれず、冷静かつ果敢に立ち向かう。その教えには、孔明先生による影響も大きいのだろう。田畑が荒らされ努力が無駄になっても、その行き場の無い怒りを他者にぶつけるでもなく、未来を見据えてまた黙々と田畑を耕す。花が吹き飛ばされたなら、何度でもまた植え直せばいいじゃないの精神である。

 彼らは恐らく、ただの人間でありながら、ただの人間のように強くなろうとしたのだろう。
 ただの人間こそが最強だということを、彼らは知っているのだ。あの大軍師の眼差しを。

 ニューワールドのさまざまな藩国の国民が、さまざまな出来事から藩国の国民としての強さを得ていくその中で、このフィーブル藩国の国民達は、精神的な強さを得たのである。恐らく情報戦技術の進歩などは、それに付随するものでしかないのだ。それ故に、彼らならば情報戦を初めとした技術を正しく高め、それを制御し、管理していくことだろう。

 彼らの魂は強い。兎に角強い。ダイヤモンドの様に硬く、カーボンの様に柔軟性に富み、セラミックスの様に熱に強い。きっとオリハルコンやミスリルより強い。精神力の数値が255である。たまに折れたり曲がったりもするだろうが、しかし想い出がそこにある限り、きっと彼らは諦めず、考えて学び続けて、いつまでも足掻き続けるだろう。

 唯一問題があるとすれば……余りに勤勉で真面目過ぎるが故に手本としての現実味が薄い事だろうか。



 普通に話せば、これはただのお国自慢である。
 だが、これらは全て司馬懿の教えの力である。少なくとも、フィーブル藩国首脳人が民を導いた結果ではない。
 故に、これを恥じとして、ここに記している。

 だが、我儘を言いたいのである。
 あるいは、彼らの心の奥底にあったフィーブルクランの魂が甦った事が、幾分かそれを助力したのではないかと。

 彼らは、フィーブルクランの長である藩王が眩しくて目を向けられないほどに、より鮮明に人の手本の形を示している。逆に手本にしたいくらいである。
 彼らならば、人の形を守りながら、ありとあらゆる他人(ひと)の痛みの分からぬ者を駆逐するという事を成せるのではないか。フィーブルの理念を持って世界を牛耳る事ができるのではないか。そう考えるに至る。

 藩国の風景は、目に映る風景は、あの日の風景ではないが、クランの魂はあの日の様に今燦然と輝いている。



 ヒーローは、今を救う事はできるが、未来を変える事はできない。
 武力で持って相手を殺す戦いは、必ずその場しのぎであるからだ。
 彼らは、悪党を倒す事はできるが、唯の人が悪党になるシステムを壊す事は出来ない。

 ヒーローとは、盾である。彼らは、主人公だが主役では無い。
 世界が変わるという事を信じて、世界が変わるまでの時間稼ぎを買って出た者達である。
 力を振るい他者を捩じ伏せる痛みを胸に刻み、怨嗟の念を甘んじて受けとめ続ける事を決意した者達である。

 故に、世界の歪みは、ヒーローには破壊できない。

 それを成すのは、何時だってその後ろの者達の努力である。
 それを成すのが、庇護されるその後ろの者達の義務である。

 そして、それを成す事こそが、世界の歪みを破壊する事こそが、フィーブルクランの本懐である。

 故に、世界の闇に対抗する最終兵器として、このフィーブルクランの名をアイドレスとして定義する。
 その名のもとにバッドエンドへの宣戦布告を行う。

 何処かの誰かの未来の為に――

イラスト・設定文:フィーブル
設定文:戯言屋




※1:メインイラストはイメージであって世界に溶けたりしてませんって言えって戯言屋さんが言ってた。
※2:第1章で使用されている元摂政のアイコン、第3章で使用されている流星号は過去の流用です。

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