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zoom RSS 砂漠のほこら(施設)

<<   作成日時 : 2011/11/20 03:08   >>

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小さな祠は砂漠の中
かつての優しさその証
小さな祠は木陰の中
国民と大地を見守って
小さな祠は黄金の中
それこそ心の輝きなり




L:砂漠のほこら = {
 t:名称 = 砂漠のほこら(施設)
 t:要点 = 扇がおさめられた,ほこら,小さな
 t:周辺環境 = 砂漠




<砂漠のほこらの概要>

 砂漠のほこらとは、フィーブル藩国の田園地帯にある小さな祠のことである。データ開示の当時、祠の周囲は砂漠であったが、孔明先生や国民達による大規模灌漑の結果、現在では麦畑の中に立っている。祠の中には孔明先生が残した扇が納められており、孔明先生を祀ると同時に、自然や農耕への自然崇拝としての信仰も集めている。




<砂漠のほこらの建立>

 フィーブル藩国は、過去、砂漠の藩国であった。
 それより以前に遡れば、フィーブル藩国は水の豊かな藩国だったのだが、これはターン1以前、藩国船が第5世界へ移動した影響によって、西国の地形に変わったものだろうと考えられている(ゲーム的にはアプローの涙からアイドレスへの移行のことである) ターン1の頃、フィーブル藩国は砂漠であり、この周辺で優れた質の地下資源が採掘されたことから人々がオアシスを中心に集まったのが、アイドレスにおけるフィーブル藩国の始まりであった。

 砂漠の藩国にとって環境との戦いは生活の常だが、この問題を大きく改善したのが孔明先生と国民達による努力であった。荒廃したフィーブル藩国に川を引き、大規模灌漑を行って食糧生産地を作り、フィーブル農業組合が設立され、農業機械食糧倉庫が発展していったのである。そして人の生活を拒む厳しい砂漠は、人の生活を育む豊かな大地となり、成功と失敗を繰り返しながらも諦めず進んでいく藩国の歴史の中で、フィーブル藩国の藩王、スフィア・ラスタリア・フィーブルは、そこに黄金の輝きを見たという。

 この砂漠のほこらは、そんな藩国の黄金へ続く歴史を見守ってきた存在である。
 建立された当時、まだ周囲は砂漠で、孔明先生も藩国を去っていたが、彼が残した優しさや感謝を忘れぬようにと、人々の手によって建てられたと伝えられている。また、孔明先生が存在したささやかな証として、小さなほこらの中には扇がおさめられた。きっと国民達も、孔明先生が見守っているような気持ちで農作業を行っていたのだろう。

 祠のすぐ近くには木が植えられて、年月と共にすくすくと育ったという。
 その木陰の下では、陽射しの強い日でも涼しいという噂であり、農作業の休憩時には国民達が恐る恐る涼みに来ることもあるという。何も知らぬ他国の者であっても、神社の境内に足を踏み入れたような空気の違いを感じられるかも知れない。小さいながらも立派な聖域であり、祠のすぐ側に樹を植えた人物は、神職か魔術師の血筋だったのかも知れない。

 そして黄金の大地となった現在。
 小さな祠は、孔明先生の話と共に、過去の人々の成した努力や、大地や農耕への感謝を忘れぬよう大切にされている。それはただの人より現れて、ただの人達の手に渡り、最後に未来へ繋いだそれそのものである。小さな祠は施設なれど、それは今を生きるフィーブル藩国の人々の心の中にもあるのだろう。これはそういう話である。




<麦畑のほこらの現在>

 砂漠の祠改め麦畑の祠は、フィーブル農業組合を中心に、定期的に掃き清められ、お供え物がされている。
 ボランティアで行う者も多いらしく、また、収穫祭に合わせて小さな祭が行われることもあるが、これはそんなに派手なものではない。この大地で育ったものをお供えして、孔明先生や大地に感謝と報告を行い、その後はささやかな宴会が行われて、子供達にはお菓子やジュースや玩具が配られる。田舎によくある風景といえばそれまでだが、意外とそうした行事は子供心に印象に残るものであり、小さな祠を大切にしようという者は多いらしい。ボランティアで掃除しようと思う者がいる程度には、良い想い出になるのだろう。

 なお、もし観光として訪れる際には、小さな祠だと思って馬鹿にしたりゴミとか捨てるとかなり厳しく怒られるので、やめたほうがいいだろう。小さいながらも歴史のある施設であり、この藩国で生きる国民にとっては誇らしいものなのである。人々の信仰を集めたその場所には小さな神々だっているかも知れない。目に見えぬ優しさは、いつも善き心を守っているのだ。




<麦畑のほこらSS:小さな祠と小さな祭の風景>

 では、昔話をしましょう。
 私があなた達くらいの歳だった頃の話です。

 当時のこのあたりは、まだ砂漠が広がっていて、みんなで頑張って田畑を耕している頃でした。
 農家の大人達は、それはもう朝早くから夜遅くまで必死に働いていたものよ。うまく育てば食うには困らないけれど、なかなか作物が育たない時期もあって、生活は貧しく、農業に加えて別の仕事をしている大人達もいたわ。私の父もそうだった。父は母より先に死んでしまったけれど、それは私や私の兄や姉や妹を必死に育てようとしていたからよ。今こうしてあなた達がいるのは、そんな人達がいたからだということを、どうかよく覚えておいてね?

 ……はい。じゃあ、話を続けましょう。
 その日は特別な日だったわ。何の日か分かるかしら? そう、今日のお祭があった日よ。そんな昔から、この小さな祭はあったのね。ふふふ。私もあなた達と同じように、はしゃいで騒いで大人達に怒られたものだったわ。いつもは農家の大人達の手伝いで忙しい子供達もいたけれど、お祭の日は特別。お菓子やジュースや、小さな玩具を貰えた時もあったわ。それが私達はとても嬉しかった。ええ、もちろん今日も用意してあるわ。お話をしっかり聞いてくれた子に渡すつもり。

 ……あら。急に静かになったわね。ふふふ。
 それじゃあ、大事なことを話しましょう。私の頃の祭でも、まず最初に、あの小さな祠の前に集まって、偉い人が祠に報告をしていたわ。あなた達もさっき見ていたようにね。
 
 あれはね。
 孔明先生や、大地や田畑の神様にお話をしているの。
 あの小さな祠は、神様とお話をすることができる家なのよ。

 ……小さな祠の中には、扇があるだけ? そう聞いたことがある?
 あらあら、よく知ってるわね。そうね。そうかも知れないわ。私の頃も、あの小さな祠の中には、孔明先生が使った扇があると教えられたわ。でもね、よくお聞きなさい。その後、私はこう教えられたわ。

 神様は目には見えないもので、いつも私達を見守っている。
 だから砂漠はこんなにも豊かな田園地帯になって、だから私達はこうして今を生きているのよ。それを忘れてはいけないわ。そう教えられたの。普段は目に見えないからといって、そこにいないと言われたら、きっと誰だって悲しいものよ。孔明先生だって、神様だってね。私達が正しいことをすれば見守り、悪いことをすれば怒る。それが神様。だから悪いことをせずに、良いことをしなさい。ひょっとしたら私の父も、私達を見守っているかも知れないわね? きっといつか私も、あなた達を見守ることになるでしょう。

 よく覚えておきなさい。そしてどうか忘れないで。
 小さな祠の中にあるのは扇ではなく、誰かが私達を見守ってくれるいるという、このお話を。

 ……じゃあ最後に、秘密のお話をしましょう。これは他の大人達には内緒よ?
 私も昔、あなた達と同じように、本当に神様がいるのか気になったの。そして私は小さな祠に、お祭で貰ったお菓子を、こっそりとお供えしてみたの。ドキドキしながらね。でも、しばらくしても神様がお食べにならないから、もう自分で食べてしまおうと思い直して、お菓子に手を伸ばそうとしたの。でも一度供えた物は神様の物だから、なんだかとても悪いことをしているような気持ちだったわ。誰かに見られているような気分だったの。そして、ふと目を凝らしたら、祠や樹の影から、小さな神々がひょっこり顔を見せていたの。

 私はとても驚いて、手を引っ込めて、すぐに父や母に報せたに行ったわ。大急ぎで慌ててね。すごいことだった思ったの。
 けれど戻ってきた頃には神々はいなかった。お菓子も一緒にね。あの神々は、きっと農耕を司る小神族や猫神族だったのでしょう。これは本当に本当のお話で、そして、これで私の昔話はおしまい。

 ……さて。じゃあ、お菓子と玩具を配りましょうか。
 みんな真剣な顔をして聞いていたのだから、ちゃんと全員に配りましょうか。おばあちゃんのお話を聞いてくれてありがとう。はい、並びなさい。あと、お祭だからといって、はしゃぎすぎて騒いだりしてはいけませんよ。 ……そう。いい子ね。

/*/

 子供達が去った後、老婆は静かに息を吐いた。
 あれだけの話をするのも最近は疲れる。どうにも自分は歳を取ってしまった。

 昔から子供達にお菓子や玩具を渡す時、あの話をするのが伝統だったが、老婆は、私はきちんと伝えられただろうかと考えた。最近は藩国も近代化が進んで、こんな話や風習も廃れていくのではないかと思うと、なかなか悲しい気持ちになる。それともこれが時代の流れなのだろうか。私がいなくなった後、誰がこの話をする役を継いでくれるのだろう。話を聞いてくれる子供達は、その時もいるのだろうか。お菓子や玩具より高価なものでなければ、小さな祭の嘘臭い話など、誰も聞かなくなるのではないだろうか。

 しかし同時に、老婆はこうも思っている。
 善いものは、失われようとも決して滅びることはない。それは黄金のようなものだと、夕暮れに輝く風景を見ながら、老婆はそう考えた。老婆もまた、小さな祠と同じく、この藩国の風景を見てきた者だった。

 老婆は思う。
 願わくば今日のこの日が、子供達の想い出として残らんことを。
 そして、どうか孔明先生や善き神々が、あの子達を御守り下さいますように。

 ……そして、何かを待つような長い時間の後。老婆は静かに微笑んだ。
 子供達が騒ぎながら、こちらに駆けてくるのを見つめながら。




 イラスト:フィーブル
 文章:戯言屋

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